-111話 甲蛾衆-
軍閥の本拠地にして、北の“黒き海”へ通じる貿易路・アスラは要塞だ。
南は標高の高い山稜に囲まれ、伸びる街道はアスラにて集結する。街の北は海があって、エルザン有数の軍艦を建造している点にも注目したい。軍閥の軍師に知恵を授けるといった影は、アスラの難攻不落っぷりを評価して『この地まで誘い出してしまえばよい』と言った。
しかし、それは教会軍にとって、過去最高の進軍記録を得ることになり、軍閥にとっては過去最大の屈辱を受けることになる。いずれ決戦で教会軍を壊滅できたとしても、豪族連合である彼らにとって“本拠地まで誘い込むまで、何もしなかった”という差配が、棟梁として、或いは州を守護する者の資質を疑われることに繋がる。これは、流石に『はい、そーですか』と策を受け入れられない事情があるというものだ。
しかも、どんな盟約で集まっているかは分からないが、空城の計という“肉を切らして骨を断つ”の作戦で長期化しては、やはり棟梁の求心力は下がるだろう。今までと同じように決戦地を決めて、早急に強襲し、返す刃で教会軍を撃ち滅ぼさないと――焦る気持ちで胃が焼ける。
「一体、教会軍はどこへ消えた?!」
軍師はぐぅっと唸り、わき腹をぐっと掴みながら机に突っ伏している。
◆
イズーガルドの援軍要請という用向きで、アスラの軍閥を尋ねていた少女異装の少年は、城外に待たせていたサムライと合流する。彼らは、帝国・皇帝の公儀隠密“甲蛾衆”と名乗る忍びである。その規模は、棟梁から数名の上忍と数十の中忍、数百の下忍、数千をはるかに越える草とよばれるモグラを囲う集団。
その外見こそは人間に見えるが、彼らは小鬼族という魔物だ。
現在は進化して、亜鬼人族になって、より人らしく見える種族となっている。
これも棟梁となった者の存在が大きい。
「如何でしたか?」
サムライのひとりが、棟梁の馬の手綱を引いて問いかけて来た。
「こいつらは今、戦争してやがったよ」
やや、呆れたと雰囲気をかもし出し、肩を竦めて少し項垂れてみた。
戦争をしているのは、イズーガルドでも同じことだが規模が違う。
イズーガルドの場合は、エルザンの軍閥に対し兵力の派遣というよりも、境からの圧力を期待していた。国境ちかい軍閥に余力があると推測した理由には、この内戦で教会は、静観すると考えていた。いくつかの思考実験は行ったものの、イズーガルドのようなプレイヤーの存在と介入が極めて薄かったからだ。
そこで、どの観測結果でも、教会は静観すると思われた。
キルトニゼブのウナギ屋は、教会軍を率いるだけの力量はないと判断し、切り捨てた。
計画通りであれば、内戦で共倒れになった暁に帝国正規軍が侵攻し、これを平らげる。
「では?」
「いや、計画は多少の軌道修正を加えねばなるまい、が――軍閥の退場も望ましくない」
「どこぞの馬の骨に牛耳られると、後々に厄介なことになるしな」
街から伸びる街道の先。
観測結果を覆す敵の正体に心が惹かれる。
「爺ぃ...この国に、些細な変化はあったか?」
少年は、ゴスロリのドレスに外套を掛けなおす。
「ひとつ、教会が傭兵を雇い入れたようにございます」
「ほう。傭兵とな?」
「規模としては700と数えておりますが...」
棟梁の興味は、傭兵に向いていることが分かる。
ただ、軍閥にちょっかいを出すには少し度が過ぎていると思えた。
暫くすると、頭上にバタバタと羽音が聞こえて来た。
見上げると――
「お、ハト...」
爺の周りを暫く周回しながら飛んで、棟梁の肩に不時着。
くるっぽ!なんて元気よく鳴いている。
よく懐いていた。足の管から手紙を受け取った後も、棟梁の頬に顔を寄せてスリスリしあう。
「こやつ、文太か!!」
かつて、鳩小屋にはじめて足を向けた少年が、飛び出してきたハトを見た瞬間に名づけたものだ。しかし、彼はハトを見て『こやつ、なかなかに大きな文鳥であるな...』と天然をかました事件があり、ハトなのに文鳥と呼び続けられ、最近、ようやく文鳥から文太に改名された経緯がある。
文太と呼ばれるハトは、初代から数えてすでに6羽目となり、棟梁自ら飼育している伝令要員だ。
「知らせに寄らば、教会軍の本隊がアマン近郊に現れた模様です」
「アマン? 私はこの辺りには明るくない説明を」
少年は、爺とよぶ作務衣っぽい忍び装束の爺さんと、数名のサムライで円陣を組んでいる。
ただいま、軍閥長館前での会合中である。が、道の往来もあるので、非常に邪魔なひとたちだ。
「アマンは、エスカリオテ州境の街です。この辺りには有力な軍閥など在りませんが、王の家臣としては、勇猛なるドメル子爵、或いは王国の外戚たる侯爵の領地などがあると聞き及んでおります。しかし、教会軍の侵攻先としては不可解でしかありません」
「だが、彼らは向かっている...だろ?」
「はい。教会軍の侵攻目的は、聖典の布教活動が根底にありますから、新たな火種が目的とはとうてい...考えられません」
爺さんは、棟梁との会話を楽しんでいるふしがあった。
「まあ、いずれにせよだ。今の連中は明らかに陽動だということが分かる。空城の計だと分かった上で、豪族の奴らを焚きつけて挑発しているって事だ。少数でも監視砦くらいは、攻略できる戦力をアピールした上で、目的を伏して“教会軍”を装いながら行動している...と、考えた方が妥当か」
「そういう連中を野放しにしておきたくは無いものだな...」
少年が唇をぺろりと舐める。
その意地悪な視線は、街道の先に向けられた。
「何れにせよ、敵が何者かは見てみたい――爺ぃ、兵を借りてこい」
「幾らほど?」
「そうだな、3000騎兵で馬上弓を扱える連中が良いな!」
「心得ました!」
老人は棟梁の出て来た門をくぐり、軍師の下へ走っていった。




