-110話 高度な情報戦 ⑤-
次の目的地は、ずばり敵地深く。
挑発しに行くのだ。
アイアンセプより隊を分けて侵攻し、少数でも城を攻略できる戦力があると吹聴する。
その為だけのエサ子隊。
エサ子の生理週間も、もうすぐ終わりそうだ。
ナプキンの数も減りが少なくなったからだ。
「恐らく、近隣の砦はもぬけの殻だと思う。念のために、西さんの単独行動を認めるから、近くにある砦を攻撃してきてよ。陥落させてもいいから教会軍の旗を立ててきてね! で、こっちが本題。ボクらは敵の防衛ラインで、陥落すると嫌な城を襲う」
地図を広げて、本体と合流するマルティアよりも北に位置する。
しかも、これは完全に軍閥本拠地に近い。
直線でも僅かに100から150km程度とちかく、喉元の刃みたいなものだろう。
「ジーワスは、街じゃない。これは物見によると城だった。ここまで深く進攻した教会軍は居ないから、ボクらがこの国の歴史上で初かも知れないね」
エサ子は今、よく笑う子になっている。
近くにメグミさんがいる影響かもしれないが、“将軍”と付き従う配下たちには覚えのある感覚だ。
この娘が微笑むとき、流れる血の量は尋常ではない。
「エサ子殿、物見とは?」
ラルさんが彼女の調子を遮った。
配下の全てが目を覆った――ヤバい、この人間は死んだ――と。
「ああ、一応、それぞれの地域に監視兵を配置して、こちらに都合よく操作しているんですよ」
と、彼女は手のひらを上に向けて、口笛を吹く。
すると、上空からコウモリの羽のような翼をもつ、目玉のお化けが降りて来た。
「ほら、可愛らしい子でしょ?」
「悪魔の眼か?!」
NPCを含めすべてのプレイヤーなら、必ずは冒険の途中で遭遇する悪魔だ。
その種類と精神攻撃、状態異常攻撃に悩まされるもっとも厄介な連中。これは、どの冒険者でも共通認識だ。特に“悪魔の眼”による邪眼+のスキルは、精神抵抗スキルをモリモリに強化しても、防げる確率下がらない特徴があったから、これで泣かされたパーティは多い。
「なぜ、君が?!」
「それは否ことを? ボクの配下だから使役できて当然じゃない」
肩を竦めた。
「あれ? 言ってなかった... マルちゃんも案外、意地悪な性格だなー」
「人外を使役する幼女とは、お仕事一緒に出来ない?」
悪魔の眼が上空を飛ぶ。
呼ばれた子も、再び群れの中に消えた。
◆
西は、怪鳥ゴーレムから補給用のUSBを受け取ると、アイアンセプの北、パザルク監視塔を襲撃。
続いて、それより北西のマラランシュの街へその姿を晒している。適当に街の外壁を壊して回り、エルバス城塞都市を襲撃した。エサ子一行は、怪鳥ゴーレムに荷物として積み込まれて一足先にジーワスへ向かっている。
これは、マルからの提案らしい。
戻ってきた怪鳥ゴーレムに補給物資を積み終えると、マルの眷属であるスライムナイトの小隊が乗り込む手配を行い、これを輸送している。エサ子の伝令が兵力の窮状を訴えたからだ。
それで今、狭い格納庫内は、寿司詰めで身動きが取れない状態にある。
◆
軍閥に本拠地・アスラでは、絶え間なく伝令が飛び込んでくる。
これ以上来たら、その整理だけで混乱をきたしそうな勢いがあった。いや、既に飛び込んでくる連中の持ってきた情報が錯綜していて支離滅裂になっている。遭遇や結果だけでみると時系列のめちゃくちゃさが際立つ。
何かしらの精神障害でも受けなければ、こうも距離感や日数に差が出ないだろうというものだ。
「一体、どーなっているのだ前線は?!」
執務室に送られてきた情報は、ひと月前まで未確認なことは敵兵力だけであった。
その後からは、敵兵の本体が見えなくなり、分隊らしい勢力だけがクローズアップされる。
その一方で、ゴーレムが単騎で戦場を駆けるという眉唾な報告が来ると、魔獣や魔物が出たという目撃情報まで飛ぶ始末。これでは、全兵力をアスラに集めた意味が無くなってしまった。
進行してきた敵勢力の正確な位置を把握したうえで、奇襲したのちなし崩しの決戦に持ち込むのが通例になっていた。
「だから申したのだ、その手は、そう何度も通用しないと」
執務室の角に椅子を用意して、座る異装の影がある。
前髪の一束を朱に染め、長い三つ編みの髪をもつ。
黒を基調としたミリタリー風ゴスロリドレスを着た不審者。
「だが、それはあなた方の観測結果だ...ま、まだ。挽回の余地が」
と、喰ってかかるのは軍閥に軍師として飼われている者。
余裕がないのは、豪族を束ねる軍閥の長も焦っているからだ。
「まあ、我らも全力であなた方を助けることは出来ません。が、知恵は貸せるといったでしょう?」
「このまま、敵の術中に落ちる必要はない。ここまで大規模な空城の計を敷いたのなら、もう少し大胆に行きましょう。せめて、アスラの近郊まで誘き寄せるの手かもしれませんよ?」
ゴスロリの子が微笑む。
「うぉのれ! 他人事だと思って!!」
「ええ、他人事です。それでも、知恵を貸すと言ったでしょう?」
「ふん、御屋形様にも面子がある!」
「分かってますよ、要するに勝てばいいのですよね」
軍師の瞳を一点にみて、影は異質な笑みを浮かべた。
「ま、どんな相手か私も、見てみたくなりました」




