-108話 高度な情報戦 ③-
アイアンセプ砦は、街とは少し離れた監視塔みたいなものだ。
街自体は、領主館などを備えていない完全独立行政で機能していて、街長とでもいうか。
まあ、市長という役職の長老が取り仕切っている。
貢物は毎期、欠かさず捧げられるので自治させて問題なしという状況になった模様。
その砦の上空にゴーレム3騎が、落下傘で降下中だ。
真下のエサ子は、不機嫌そうな目でその点を追っている。
彼女は、先刻から生理中である。
「マルちゃん、大胆だなぁ~」
「てか、悪魔の所業か...あれ、人のってんだぞ?!」
まだ、上空の3騎は点にしか見えない。
ますます馬上のエサ子は目つきが悪くなる。
「将軍から血の匂いしますね~ ああ、香しい」
数名の配下が、彼女の足元で膝を折って仰いでいる。
「こ、こら! みっともない」
近衛らが兵士を散らす。
「ふん、減るもんでもない。嗅がせておけ!」
「このボクで欲情するなら、その分、この先の戦で存分に果たしてもらうさ」
馬上から眼下の兵へ凄みの利いた視線が降り注ぐ。
マゾスイッチのエサ子とは、大違いの別人が其処に居る。
「さあて、マルちゃんの作品が到着だ!」
「応ッ」
◆
戦端の口火を切ったのは、砦に残っている監視兵らだ。
バリスタっぽい兵器で上空の点3つに攻撃を集中してきた。でも、高度があり過ぎてまったく届かない。
ただそんだけ上を狙うと、その矢は放物線を描いて、付近で見物していたエサ子らの目の前に落ちて来た。先刻からナプキンで“おりもの”が吸われている彼女の腹痛は尋常じゃなく、些細なこともイラっとくる短気な性格になっている。
元々、実際には温厚な方でもなかった。
激情型の狂戦士っぽい性格で、激しく燃えてすぐ鎮火する。
生理中はそれに拍車がかかる――きわめて凶暴な幼女だ。
だから目の前に振ってきた矢を見て、何か切れたっぽい音を皆が感じた。
「ナプキンが足りねえ! もっと持ってこいやー!!」
って馬の腹を蹴ると、エサ子は単騎で砦へすっ飛んでいく。
それを配下20名が目で追うという状況に。
一方、上空で姿勢を保つのがやっとのメグミさんは、大盾をゴーレムの前面に押し出して空気抵抗を大きく受けていた。マル曰く、『メグミさんは、素人だから少しでもブレーキをかけて、落下速度を緩めてね。体を丸めて盾の影に隠れるように、1秒間に9.7mも進むから素早く動かないと直ぐ地面だからね』と言われ、パラシュートと盾による抵抗力を利用して降下している。
パラシュートを開く前は泣いて作業したが、その後はドキドキした高鳴りは収まった。
「オムツしてて良かった~ ほんのちょっと漏れちゃったよー、もう」
なんて独り言ちりながら砦へ。
ただ、砦には、無事に着地出来そうなスペースがない。
メグミさんは、まだその事実を知らない。
西さんのゴーレムは、腰にマウントしてあるUSBを手繰り寄せると、素早く展開する。
USBの右側の安全装置を抜くとそれを、豪快に捨てる。左側の砲尾は、スライドさせるだけで、USB全体の大きさが長くなっただけになる。
それを右脇に抱えて、砦の城壁へゲームパッドのトリガーボタンを引き絞った。
USBから放たれる黒い稲妻は、まっすぐ城壁へ向かい爆発。
アイアンセプの街からもその爆音は聞こえた。
上がる黒煙の方角は、間違いなく砦だ。
今や教会と豪族間の戦いは季節風みたいなものだが、『今年は、いささか早いな』と思われた。
街の人々は、教会の兵士さんたちを迎える準備に奔走し始める。
「私もよくよく運のない男だな」
西さんが口頭マイク越しに呟いている。
気になった“木こり”だったラルさんが『どうした?』と尋ねると。
「...USBをひとつ何処かに落としてしまったようだ」
「そ、それは難儀だな」
「儂のはやらんぞ」
と、通信を切っている。
このふたり無線封鎖中。
仲が悪いという訳ではない。
西さんが溶け合う事をしないのが良くない。
軽いナルシストを患い、重度のマザコンという難しいキャラな為に皆が『こいつには、触れたがらない過去があるに違いない』という壁を設けて今日に至る。逆に初期テストパイロットとして、雇用したラルさんは気さくな人柄に、頼り甲斐のある“お父さん”的な雰囲気があった。
ラルさんの場合は、マルから絶対の信頼を勝ち取り、3騎の中で隊長格として認められている。
およそ、ゴーレム機動大隊なんてのが結成されたら、ラルさんが初代隊長に任命されるだろう。
そろそろ着地という寸でで、爆発で吹き飛んだ城壁の穴へエサ子が飛び込み。
ラルさんのゴーレムは尖塔の屋根をクッション代わりに突き破って、城内へ滑り込んでいく。
西さんは、2本目のバズーカで発生させた爆風を利用して、着地している。
「見えるぞ! 私にも敵が見える」
ゴーレムの目を通して逃げ惑う人々の姿だ。
彼は、アイアンセプの街に着地していた。
「認めたくないものだな、自分自身の若さ故の過ちというものを...西、性急し過ぎた」
無線封鎖中のラルの表情は暗い。
単独行動を是とする部下を持つ指揮官の苦労。
自分の行動で生じる後始末への二手、三手先を読まない部下を持つ指揮官の徒労感。
恐らく罷免しても、必ず呼び戻されると思ってる自信過剰な部下。
いや、こういうのを導くのが指揮官としての腕の見せ所と――。
「西っ! 後のことはいい、こっちに戻ってこい!!」
「いい...色だ...」
街の中が朱に染まっている。
染料小屋に着地したようだが、サーモンピンクに染まる大地を見て上ずった声が漏れる。
息遣いも荒く、ぶつぶつ何か聞こえてくる。
「西ぃー!!」
ラルさん吠える。
「こちらは、私がなんとかします! ラルさんは作戦を」
メグミさんのゴーレムが砦の上を通過していく。
まだ、タワーシールドの上にいる。
「メグミ君か、西を...頼む」
「はい」
彼女大盾の上で泣きながら滑空していった。




