-106話 高度な情報戦 ①-
その日、槍使い(女の子)は純白の甲冑に身を包んで、ボク達の前で宣言する。
「最終目的地は、エスカリオテの真北! マルティアにて布陣します」
「エスカリオテ?!」
末弟皇子も不思議な表情をして――。
「槍使い殿、その都はどこにも...」
「あ、そうでした――マハシト・イェレクでしたね」
と、言い直した彼女の言葉に騎士長が目を丸くした。
◆
「あなたは知っておられたのか?」
「え? 何を...」
「この国の歴史をです。教会の書庫でしか見られぬ、第二帝国と乙女の物語を」
竜を御する乙女の物語自体が、神代の世にちかしく信ぴょう性には欠けたものの、それよりかは新しく記録が残っている聖女伝説といえば、“第二帝国と神巫女の乙女”という記述がある。
金色の髪、絹のような衣を身に付け、純真無垢な乙女は市民とともに悪政を強いて世を偽った皇帝を倒したという伝説だ。
ま、当然、これらの行為は、為政者にとって赦し難い反逆罪であるので、少女は第一帝国宰相の手によって落命する。
その後、神格性を得て復活を成し――『世が乱れし折に、私は必ず戻ってくる』と遺して天上を馬で駆け上がった――というちょっと眉唾的演出がかった話がある。
しかし、これらは門外不出の歴史書で、騎士長も厳重な監視と許可を得て閲覧している。
一介のしかも、教会とのゆかりもない冒険者では入館さえ、困難な筈であるのにと騎士長は言葉にしないが、考えていた。
「騎士伯が... 私にそんなギフトを」
「騎士伯とは、まさか?」
「ラインベルク騎士伯さまです」
と、告げて槍使いは小首を傾げた。
いや、結局、本人が理解していない――“夢”では無かったけど、これもゲームだし。いやいや、そもそもで“どこからリアルで、どこを切り取って現実か夢想かなんて読んだらいいんだろう”って話だ。ただ、目の前の息遣いまでもリアルな雰囲気の騎士長は、NPCっぽくないという感じだ。
えっと、いや、今までの知り合った人たちって... プレイヤー? NPC? どっちなんだろう。
「第一帝国最後の皇帝か?!」
騎士長の引き攣りっぷりは尋常じゃ無かった。
流石に内容が内容というだけあって別の天幕で、ふたりだけの問答を行っていた。
騎士伯は、帝国に現れた数年の間だけの爵位名で、ラインベルクは僅か20年足らずで帝国宰相まで上り詰める。その執政は、教会が記す一方的かつ一面でしかないものの、政敵の暗殺、帝国内外の蛮族討滅などを振り返ると、流した血で帝国全土を洗い流せると語られる。
伝説にされない実在性の根拠が数多く残されていて、教会の書庫には彼の記録が多く収蔵されていた。
教会に関係する人々は、ラインベルクを“最後の皇帝”と呼んで敵視している。
それ故に彼の記録は多く残されたのだ。
「さいごの? 皇帝...」
槍使いは、言葉を交わした彼の印象を振り返る。
尊大不遜ではあっても、盲目的な政治家じゃなかった。皇帝という飾りを欲するようなタイプでもなく、最終ビジョンを考えれば――『悪名? 私にとって至極光栄な冠ではないか!』って一笑に付されそうな返答が聞こえてきそうだ。『どうだ、見事に次の時代に繋げてやったぞ! この荒れた治世を纏めるのに一体どんな苦労があるというのかな』なんて皮肉を込めて語りかけてきそうだと、槍使いは思う。
「彼らしい...なんてステキな贈り物かしら」
頬を伝う雫。
あ、私...涙が。
槍使いは、ドレスの端で涙をぬぐう。
「私にとっては、信用できる方です。マルティアに布陣します!」
「そこに何が?」
騎士長の目は、戦争屋のそれになっている。
「まだ、機能するであろう要塞と恐らく同志たちってトコですかね」
「同志?」
「エスカリオテ州の市民には、騎士伯が仕掛けた暗示が脈づいているんです。怖い人ですよね、数百年も経ているのに“竜を倒した純白の乙女”という伝説が私たちを導くのですから」
槍使いの自信に満ちた表情がある。
頬を腫らして、目は真っ赤、声も上ずっているのに自信だけは根拠なく湧いてくる。
「槍使いは、騎士伯のことをとても好いておられるようだ」
「す、すすs...好き...じゃ」
「剣士殿とも相談の上で軍を、そちらに向けるとして...」
騎士長が言葉を切ったのは、天幕の入り口にエサ子が立っていたからだ。
彼女の姿は先折れとんがり帽子と魔術師風ローブ姿ではない、戦様式に包まれている。
「如何された、...エサ子殿」
当然、昨晩の凶行は記憶に新しい。
尾根ひとつ、形が変わるような魔法を放てる幼女となれば話は別だ。
「エサちゃん、寂しくなったのかなー」
って槍使い(男の子)の時では、そういう接し方をしなかった為、エサ子の視線が痛い。
目が座り、鋭く突きさす白い視線。
「歩兵100人を貸してくれる?」
エサ子のサイズで、頭以外のフルプレート・アーマーってどんだけ浪費したら、オーダーメイドして貰えるのだろうと、槍使いはそっちの方が気になっていた。戦闘狂だから分かる隙のない仕事というには、鎧の可動域防御の方だ。
ナイフのような暗器で鎧の隙間を狙うのがセオリーだ。
材質によるとして、それでも何枚も金属のプレートを重ねれば、重量は嵩んで重たくなるのは道理だ。
だから、どこかで妥協したのが可動域の露出といったところだが。
エサ子の鎧も、エサ子自身も隙が無い。
「お姉ちゃん...って呼んだ方が気持ちい?」
エサ子が槍使いをまっすぐ見ている。
久しく彼女がオドオドしない態度を見せたのは何月ぶりだろうか。
いや、美人局PKに襲われていた時に助けた、あれから一度も見せたことがない。
「あ。う、うん...それで」
「じゃ、100人貸して」
「何に使うのかな~?」
よからぬ事ではないと思いたい。
いやいや、100人だろうが10人でも、兵力の分散は避けたい。
エサ子の護衛という目的だとしても、彼女は一体どこへいこうという話なのかと。
「戦略を語らせるのボクに?」
「は?」
「え?」
騎士長も素っ頓狂な声が漏れた。
「マルティアが最終目標だというなら、敵には今までの教会同様、暗愚に空城を攻めている部隊がいないと不味い。少数精鋭のボク達が囮になる!」
「――で、お姉ちゃんたちは、エスカリオテ州で援軍を得て数でも兵力でも、豪族たちを圧倒できれば野戦でこれを集中撃破すればいいんじゃない? その為の兵力を貸してほしい!!」
エサ子の決意は固いらしい。
騎士長は身をもって彼女の技量を認知している。
本気で殺されそうになった者同士であるが、剣士や槍使いはどこまで彼女を知っているのかそこらへんが問題であった。
まあ、それでも信頼さえあれば。
「その役目は、騎士長に任せたかった」
「ん?」
「...」
「それは、ボクが非力にみえるから?」
目の座り方が尋常じゃない。
怒ってるというものでもなく、何かこう。
「分かった、独りで好きにする!」
「ちょ、」
「おい、槍使い殿!!」
エサ子が天幕を静かに出ていった。
槍使いの方は、選択の失敗で涙目になっている。
「はわわわ...そ、そんなつもり...じゃ」
「おいおい」
騎士長はがっくりと肩を落としている。




