-104話 新兵器開発レポート ①-
“はじまりの街”にある、とある工房の倉庫内にマルの姿があった。
心意交信を受け取る彼女は、ツナギ姿である。頭にぐるっとタオルを巻いて、背中に紡錘の汗染みを浮かべた姿で応対している。
相手のことは語らなかったけど、随分と楽しそうに言葉を選んでいた。
会話が終わると、マルは踵をかえして他の整備士たちの輪に戻る。
ツナギのチャックは、首から下腹の少し下まで伸びていて、これを臍の上まで下げていた。
そしてマルの大胆さは、その着方にある。
インナーは、パンツだけ――同僚の女性整備仲間が、好奇の目もあると、心配するのを余所に振舞っていた。
「もう少し、まとまった数が欲しいよね」
マルが見上げる先に、三白眼を備えた巨人が聳えている。
「あとの調整は...魔力供給か...」
彼女たちは、粘土巨兵を作っている。
◆
初のプロトタイプが完成したのは、エサ子がクランの金策に向かう数日前だ。
いつものように、幼女大戦というじゃれ合いをベック・パパに止められる日常を熟していると、工房からテストの日取りが決まったという報せが飛び込んできた。
幼女大戦は、エサ子とマルの模擬組手なのだ。
ふたりとも、素手による徒手空拳の組手――戦場では、獲物を堕としたり、手放したりした場合に備えて無手による白兵戦が想定されると、エサ子が語っている。一応、国境なき傭兵団出身としての背景があってベックにも理解できたが、マルがその組手相手としては納得していない。
が、ふたりの組手いや、息使いやリズムは決して初めての雰囲気ではなかった。
もっとも、エサ子の方が素性などを話したがらないので、追求されていない。
まあ、最初は組手だけなのだ。
エサ子のマゾスイッチが入ると、マルのサドスイッチもONになって――ふたりのじゃれ合いが、目も当てられない百合へと発展するため、止めるざる得ない理由に繋がる。
ベック・パパが目撃した時は、顔から炎が出そうになるほど恥ずかしかったと告白している。
ま、そういう組手で発散されるべきストレスを抱えたまま、マルとエサ子は工房へ向かう。
ついていくと聞かないベック・パパはオマケだが。
「メグミさんは? マルちゃん...」
「お仕事だって」
「えー」
口を尖らせて愚痴る。
ルーカス時代も女の子らの人気は高かった。
普通に美形だからだが、メグミさんにアバターチェンジした以降のメグミ(仮)さんの人気は、以前をはるかに凌ぐ。クランの垣根を越えて“理想のお姉さま”に定着。本人も頼られるのが嫌いじゃないから、初心者支援プログラムで仕事をしているので満更でもない。
エサ子のことも妹分として、優しく甘えさせてくれていた。
だから、本気で寂しがっている。
「金策なんだけど...」
「離れるのは寂しい?」
「うん...」
「休暇も無下にしちゃってゴメンね~」
俯くエサ子にマルが頬を寄せる。
まあ、見た目は兎も角も、マルの外見年齢は18~19歳くらいだ。
150cm未満の幼児体形というだけで、まま、幼児ではない。
対するエサ子は、外見は10代頭、年齢も14~15歳という設定で、マルにとっても妹分にあたる。
「ううん、大丈夫...パパの散財は、娘たちの身体で...」
「人聞きの悪いセリフは止めて...お願いします」
ベック・パパの涙目。
「お、俺が悪い訳じゃ...」
「はいはい」
幼女ふたりが悪戯っぽく笑っている。
工房まで来ると、テストパイロットのラルさんが立っていた。
彼は一応、NPCだ。
ラルさんは普段、木こりを職業にしている。
が、若い頃は警備兵とか斥候や野伏、狩人などの転職し続けている。NPC設定が面白かったので採用したが、彼の方から自己申告でテストパイロットに自薦してきた経緯がある。
他に“西さん”という風変わりな仮面の紳士が居たのだけども。
「俺、こいつ嫌い」
と、ベック・パパの鶴の声で不採用にした。
ただ、帰り際に――『クラン長閣下殿! ひとつお願いがあります。もしも、再招集されることがあれば、その時は、粘土巨兵のパイロットの任に当ててください...』――ベック・パパよりも、開発総責任者だったマルの瞳が大きく開かれる。
「粘土巨兵?!」
驚きの余り、やや硬い表情になるマルを余所に、“西さん”の口端が緩む。
「う、うむ...分かった。いや、考えておこう...あ、ありがとう」
と、ベックは彼を追い払っている。
ただ、何もかも見空かれた気分で、彼女が終始不機嫌だった事は、今でもなかなか忘れられない。
その“西さん”の指摘した粘土巨兵の姿が、広い演習場にぽつんと立っている。
高さ5m強...ゆくゆくは長距離魔法通信用として採用を検討している魔力増幅変換器、つまりはブレードアンテナを考えていた。
だから誤差の範囲だけど、高さは6m弱という表記に変わるだろう。
身幅は、およそ4m強だ。
装備する武装にもよるけど、人型としてみても細マッチョ風か。
ゴーレムの体内に、NPCのラルさんが乗り込むようなスタイルだ。
残念ながら、搭乗口が背中からとなっていて、完全に密閉化しなかった。
というか出来なかった。
これは、単純に技術的な問題ではなく、詰め込まれた人間の心理状態に配慮している。
「で、でかい...」
ベック・パパの本音だ。
“西さん”の指摘がなければ、この衝撃はもっと違った表現になっただろう。
プロトタイプとしてロールアウトした本機は、変なUSBっぽいものと、大盾を標準装備していた。もっとも男の子であるベック・パパには、このUSBが何であるかをそれとなく察していた節があって、ひとりぞくぞく、わくわく楽しそうだった。
「えーっと...」
「待って、待って!」
「な、なに? パパ、恐いよ」
マルがこれから解説しようと身を乗り出すのをパパが止める。
と、いうか彼女をの乳房を掴んで静止させた。
「こ、これって、ビームライフルでしょ!!」
言った、言っちゃった的な童心の顔。
マルのおっぱいを握っていることさえ忘れている、男の子がここに居る。
「お、おい!」
おっぱいの上にある、甲を抓って引っ込めさせた。
「揉むな、変態!! ブラがズレるだろうがっ」
ちょっと娘が離れた感じがする。
マルちゃんのご立腹はフリではない。
エサ子の方は『マルちゃん、ブラしてんの?』と、好奇な目で羨ましいって声をかけ『エサちゃんだって、もうちょっとすれば...そん時は、ボクが選んであげるよ!!』なんて感じに女子トークへ。
ベック・パパの“ビームライフルでしょ!”がかき消されていった。




