-100話 戦場 ⑦-
ラインベルク騎士伯は、キルトニゼブの街から少し離れた丘陵地に陣を構えていた。
公然と彼がそこにあるという、事実が悟られないようにキャラバンを装っている。
私は、慣れない重い身体を漸く動かしてその陣に向かっていた。
「はじめての召喚ではないようだ...」
「はい?」
「いや、はじめての場合は――そうですね、視界くらいしか動かせないものなんですよ。そう、操り人形のような感覚ですかね? 簡単に言うとです」
背中の広い男性だ。
そして、動きの鈍い私を気遣って、調子さえも合わせて行動してくれている。
最初の雰囲気は、少なくとも蛇のような人だった。
今は、安心感が増す。
「私はね、クマに追い立てられてこちらのゲート潜ってしまった間抜けなんですよ...私の、屋敷にクマなんて居ないのに。まあ、そのお陰で退屈な日々から抜け出せた、ここの頭の悪そうな連中に感謝ですな」
口調は良くない。
喧嘩売って歩いてるような性格なのが分かる。
「値踏みは済みましたか?」
「は、え?」
「貴方の足捌きからして、その身体を自由に動かせるようになれば、何かしらのスキルを使いこなせますね? それに加えて貴方は目がいい。いいところを見ている」
私の心を読んでいる?
常にポーカーフェイスを貫くよう、よく先生に教わった。
目の動かし方、身体の細部を意識して何を考えているかを悟られないようにする技。
これが一番得意だったのに。
「貴方の所作は美しい。ベーシック過ぎて教本に載せたいくらいだ...だが、悪魔も私に首を垂れる化け物の前にそのストレートな所作は、かえって言葉を雄弁に紡いでいるようにしか見えない」
「いえ、あなたは相当な時間を費やして自然な能面を会得している。面白いが、それだけでは素材が勿体ないという...ま、私の我儘だ」
背中越しに語り掛けているのに、対面で告げられているように感じる。
誰だろう、これと似た感覚に心を持っていったのが居た気がする。
誰?
◆
女子高生が車にはねられて、意識不明の重体という状態で病院に担ぎ込まれた。
外傷の殆どは軽傷にも近いのに、彼女の意識だけが戻ってこない。
突き飛ばした男の子は、痴情のもつれであると集まった警官に告げた。
ただ、彼女の彼氏で在りたかったと告白。
ゲームにはその日から槍使いがINしなくなった。
剣士にも連絡は無い。
エサ子が不安そうな表情なのが、可哀相で胸が苦しくなると、語る。
「エサちゃん、元気ないね」
アビゲイルが彼女の落ち込んでいる姿を心配している。
独り言がちょっと多くなっているような気がした。
◆
「ところで、第六皇子というのは?」
私は情報収集をはじめる。
ちょっと遅いかもしれないけど。
「いえ、遅くは無いですよ...むしろ、その話を私の方が早くしておきたかった」
見透かされているというのは、余り気持ちのいいモノではない。
「掻い摘むと...第六皇子は、ブレーメル・イス第一帝国において正当な皇子であるが、正統な後継者ではない人物です。正統な世継ぎは、手前勝手な話でもありますが...私の妻であるリフル・デルモント=ドメルにある。そして、皇子は彼女の兄に当たる」
驚いてる私と対峙して、彼は笑みを浮かべている。
「それが普通の人間の反応だ――いや、相手が凡人ならばそれで良い。だが、もっと怖い相手は貴方の表情から先回りをして詰めにくる。もっと色彩豊かに、自然の表情で惑わしなさい...我々はその表情で貴方を値踏みしている」
「説明を続けると、他の皇子も含めて帝国に対して叛旗を翻した...単純な話だろ? 第六皇子は抜け目のない人物だ。特に相手を煙に巻くのを得意とする...暗殺よりも、謀殺。敵対者自らが憤死したように仕向ける類のものだ」
ラインベルクも恐らく似たタイプだろう。
頭の中を整理する――陣地を僅かだが見渡せる事が出来た。
キャラバンで表立って私の視界に入ってきたのは、騎士たちだ。恐らく彼らは裏も表も関係なく近衛騎士団の連中。
足の運び方が奇麗な所作をしていた。
だが、重要なのは、表立って目立たなかった連中じゃないだろうか。
例えば、一見それらしい雰囲気の“馬に飼い葉を与えていた男”、いえ、“料理をしていたシェフ”、ううん、違う――鳩にエサを与えていた彼だ。
「よし、よく見ている」
「では、話を戻そう」
「...」
「いい目になった! その分だともう、かなり動けるだろう...第六皇子は、マハシト・イェレクに軍を配置して帝国と敵対関係を表面化させた。互いに最大兵力のぶつかり合いで、正面衝突だ! ただ、皇子はその配下の一部を帝国の北から船で侵攻し、帝都の要であるアルトーヴァンという街を陥落させた」
「そして奴は、正統なる帝国を名乗って今日に至る――イス・エスカリオテ第二帝国、その都はここキルトニゼブより北東のシュリフルファーン...今は、エスカリオテという名の都だったな」
彼の説明を受けて、何を読んで知っているのかを思い出したような気がする。
ゲームの中で通い続けた“はじまりの街”にある図書館でだ。
ゲームの中でのギミックのひとつだと思っていた。
あれ? では、ここは?
「よし、市民を率いる腕の見せ所だぞ! お嬢さん」
ラインベルクは私に悪戯っぽく笑って見せる。
これは多分、本気で私を揶揄っていると思う。
だって、私、泣いてもいいかなー。
 




