-98話 戦場 ⑤-
アデン攻略時に発生した、大量殺戮話が話題になっている。
記録者が居なかったのもあって、噂の域を出ない。が、関係当事者である俺は知っている。大地に突き刺さった大戦斧の持ち主と、その重さをだ。
リアルを詮索するのはマナー違反だけど、エサ子ってアバターを操るのはどんな人なんだろう。
外見設定が幼女ってだけでは、絞り込みが出来そうにない。
そのまま絞り込んだら、中身、おっさんは痛いし。
あの戦斧は、バスターソード並みに重たかった。
いや、おそらくはもっと重い。
長さも見た目2m弱なんてかわいい物じゃなくて、6m以上はきっとある筈だ。
そこから考えてもエサ子の外見は、偽装してあると考えられる。
って、あいつのことが頭から離れなくなったのはいつからだろう――そうだ...
◆
また、意識が飛んだ。
俺は、騎士だ。憧れた白亜の騎士――聖騎士、騎士階級最上位にして神聖魔法の攻撃と防御に特化した存在。これこそが、俺が目指した姿であり、挫折してPKなんてのに身を堕とした俺の汚点だ。
まあ“夢”でも、この姿が見れたなら本望だな。
「サー・ケヌンノス卿...」
呼ばれたので、振り返る俺。
いや、呼ばれたような気がした。
振り返ると、ガラス戸があって、外は夜の闇が世界を支配している状態だ。
「卿、そちらでは...」
ガラス戸の俺は――俺だ。
高校に通う、どこにでもいる平凡で何も取り柄がない俺がそこにある。
少々、老けた顔だが間違える筈もない。
「卿、大丈夫ですか?」
「い、いあ...大丈夫だ」
何て返事すればいいか分からなくなった。
助け船が欲しいと思っていた。
これがゲームならば、すかさずルート補助機能が働いて選択肢が提示される。が、“夢”ではそんな機能は無いだろう。
いや、本当に夢なんだろうか。
「本日の主役は、あなた様です――」
主役は俺?
従者と思しき者に誘導されて、華やかな音楽の響く広間へ通される。
この屋敷はすさまじく巨大だった。
まるで城のような雰囲気。
「おお! わが息子よ、ようやく来たか!!」
と、父を名乗る白髪交じりの爺さんがハグを求めて来た。
「花嫁を待たすとは、不作法極まりないぞ愚かな息子よ」
「花嫁?」
上座に置かれた玉座にやつれた婆さんともう一人、純白のドレスしか見えない女性らしい人が座っていた。顔はレースのベールで覆われていて見えない。
「お、おい息子よ! お前はどうしたのだ?」
「いえ、花嫁の顔を...」
「しっかりしろ、婚前に花嫁の顔を見ることは不作法極まりない...騎士であり、教会の高位司祭であるお前の言動とは思えぬぞ!? 気でも触れたのか???」
と、俺の父と名乗る爺さんが叱責してきた。
俺には、とんとそういう記憶は無い。
寧ろ、醜女であった場合の俺はどう接したらいいのか。
「...!」
何を発したのか聞き取れなかったが、花嫁はその場に立つと花冠を剥ぎ取った。
彼女の顔は、少し大人びたエサ子だった。
ぱっと見、目元と鼻のつくりが彼女に似ている。
「はじめから、私を揶揄うつもりでしたのね! やっと妹としてではなく――見て貰えたと思ったのに」
彼女は、付き添いの衛兵と共に俺の目の前から遠ざかる。
隣に項垂れる父は、暗い表情だ。
「お前はやはり愚息だ。我が国の命運も、お前自身の命数も――このたった数時間の宴も我慢できなかったか...無念だ」
「あなたは、何を?」
「お前は、何度同じことを繰り返せば――」
◆
意識が戻った時、俺は帰りのバスの中にいた。
次の停留所が俺の目的地だ。
「あれは、夢だよな...」
と、車窓から通りの反対側、横断歩道を渡る女の子に目を向ける。
ぱっと見、中学生みたいな雰囲気の少女だ。
彼女は車窓の俺と視線を交わした感じがする――エサ子似の雰囲気で微笑んだ。
咄嗟に席を立った俺に襲う鋭い痛覚。
俺は、バスの窓に頭突きしていた。




