-90話 枢機卿 ⑥-
「では、あなた方のことは帝国に――」
枢機卿の疑わしい視線が槍使いに向けられる。
エサ子はぐったりとして、アビゲイルの膝上にある。
結局、アビゲイルはエサ子が賢者タイムに入るまで追い込んで静かにさせた。
その姿をふたりに晒して、幼女恥辱プレイは完了する――『あ、ありがとうごじゃいましゅ...』と、聞き取れない小声で昇天していった。
「帝国は知っていますが、王国は知りえない情報でしょう」
「ん?」
「要するに、帝国にとっては、今現在も方針は変わっていないんですよ! イズーガルド王国の完全掌握に全力を傾ける事なんです。イズーガルド王国サイドでは、表面では隷属に甘んじていますが、その内実は今も抵抗を続けていました...」
アビゲイルが、雫で濡れた指を眺めている。
「抵抗勢力に冒険者が何人か含まれていますし、なかなか奇特な方も多いですね」
指をぺろりと舐める。
「ふむ、しょっぱい」
「では、その抵抗勢力と――」
「コンタクトを取ってみましたが海外勢力の方々なので、言葉が」
アビゲイルの頭脇に“困った”というアイコンが浮かぶ。
「他力本願だが、国境の州を押さえれば彼らにとっても、間接的に助力した形になるんじゃないか?」
当初の目的であった国境線を今一度地図上で確認した。
「この線は、イズーガルドの抵抗勢力へ、王宮からの援軍も防ぐ重要な街道を押さえる事が出来る。そして、逆に王宮へは重圧になる...一石二鳥」
槍使いの鼻息は荒い。
「では、私の私兵として宣言するとして...700の日当分は働き次第で宜しいですか?」
「それでお願いします」
◆
有意義な話し合いが出来た。
ふたりとぐったりしている幼女を担いで帰路につく。
アビゲイルの登場は、剣士にも歓迎された。
ただ、エサ子がしめった雑巾みたいになっているのを彼はずっと不思議がっている。
「じゃ、この子をお風呂にいれるから...」
と、アビゲイルはエサ子を担いで浴室へ。
「ちょ、ちょっと待った!!」
剣士が慌てて飛び込んできた。
「な、なに? 一緒に入る...スケベだねぇ、君も」
「いやいや、そうじゃないだろ!!」
「...」
「なに、すっ呆けてやがる!」
剣士が意識のないエサ子を指して、
「こいつは男の子じゃない、女の子だ! お前、一緒に...」
「何を腹立ててると思ったら、俺の膝上で潮吹いたんだから、先刻よりずっと前から女の子なのは知ってるって... もう、素直じゃ無いなー剣士の方こそ、意識しちゃったんだろ」
と、揶揄いながら肩に腕を回して――
「奇麗だったろ、エサちゃんの肌はモチモチだからな! これは俺が保証する。もうちょっと成長したら男を篭絡する稀代の悪女になるさ」
かっはははは...なんて変な笑い方をしてみせた。
「おま、」
「何だよ、マルちゃんと温泉も行く仲だぞ...エサちゃんのなんて全部見てるわ!」
剣士にとって『マルって誰だよ』くらいしかない。
そもそも幼女と温泉に行くってどういう――と、剣士が悩み始める。
「ま、一緒に入らないなら...俺、先に入るわ」
「お、おーい」
「じゃ、また夕食後に...」
脇に抱えられたエサ子。
手足がぶらーんって無気力、脱力半端なく気絶中。
やや白目をむいている雰囲気もあり、ヨダレが通路を濡らしていく。
「アビゲイル...お前、何者だよ...」
彼の背中に小さく呟く剣士の姿。
そして彼の視線は、そっと床に向けられた。
「静まれ、俺の槍!!」
◆
枢機卿の私兵500人がエサ子一行と合流した。
騎士長の名声と人望によって集まった元騎士の200人。
行商用に持ってきたアクセサリーを元手に集めた傭兵500人を合わせると、1200人という兵団が生まれる。諸経費と日当、物資などは教会とグレイ卿によって賄われる手筈となり、ますます依存度が高くなった気がする。
アビゲイルにべったりなエサ子を除けば順調な雰囲気だ。
槍使いは、兵を前にして兵団長は剣士と宣言し、顧問に騎士長を発表する。
「目的の攻略地はキルトニゼブより北西の街、いや砦の“アデン”」
1200人で落城させるには困難な砦だが、1000人で城から兵を抜かせ、200人で城内を襲えば容易いと考えた。幸い、この地域はキルトニゼブの丘陵よりもすっと高い地に砦を築いている。それが何故幸いかと言えば、取水地が地下になるからだ。縦井戸を掘り、湧き水から水路を引いて築城された。
稜線に聳える砦や城の殆どは、湧き水を引く構造が多い。
その分、取水路は見つかり難い場に作ってあることがおおいのだが。
教会の征討という意味の旗を掲げた1000人はアデン城を見上げる地にて陣を敷く。
ギリギリ弓も届かない絶妙な場所だ。
「セイラム法国の名の下に、征討を断行する!!」
エサ子の式神で城内に届けたセリフだ。
式神は彼らに視認される前に消滅している。
「これで開戦の建前は立ったな」
剣士の纏う甲冑は法衣だ。
本人はやや困ったアイコンを浮かべ、窮屈そうにしている。
「これ、着てなきゃダメなのか?」
「俺たちは法国の軍なんだからダメに決まってるだろ! 特にこのあたりの地方豪族や軍閥らは、“龍を御する乙女”っていう素っ裸な幼女?少女だっけ...の破廉恥な神像には一切媚びない古い神獣を祀る連中だ。こいつらを平らげておかないと、帝国のちょっかいで教会が危なくなる」
と、説教めいた槍使いの言葉に力が入る。
「分かったよ、それ、2回目だからな!!」
「ったく...」




