-87話 枢機卿 ③-
館に集まった人々は、このパーティーが何を目的としたものかをよく理解している地域の豪商たちだ。
軍閥の使者も何人か混ざっているところをみると、グレイ枢機が何かを策謀している可能性もあった。
王宮から発せられた国内の不穏分子摘発に対して、教会サイドが率先してこれに異を唱えたという背景がある。特にその不穏分子というのが、王宮近衛騎士団にその人ありとした、騎士団長と名指ししたからだ。
彼は熱心な教会信者であり、教会が主催する救済活動に私財を投じて参加する人物だった。
この人柄に教会関係者の多くが感銘を受け、教皇自らが法名を授けるというような動きもあった。
だから、王宮の宣言、告知に対して教会は反論したのだ。
そのことで教会の立場が苦しくなっても“正しいこと”だと思ったからだが――その実は、市民受けの打算があった。市民からの支持を得ることで、対王宮というスタンスに彩を添えたかった。教会に続いて反王宮を叫ぶ二番目、三番目は市民からは余りよく見られない。
兎に角も、市民受けのよい騎士団長を擁護するリスクをチャンスに代えて、絶大な支持を以って王宮の動きを封じることにしたかったのが本音だった。
しかし、リスクはハイリターンには成りえなかった。
それが、グレイ枢機卿の下に集まった豪商と軍閥の面々だ。
教会の実質的な支配力および支持者は、こうした金持ちだ。
豪商の寄付金で教会は潤沢な資産を持つに至る。
軍閥の兵力が教会の実行戦力となっている。
彼らの言葉は、枢機卿にとっても疎かにできなかった。
今までは――グレイ卿は、館に入ってきた主人と小柄なメイドの一組を目に留めていた。
「いや、失礼。面白そうな方々が来られたようだ」
と、常連の豪商たちを押し退けると、その組の傍にふらっと歩み寄った。
「これは随分と可愛らしいメイドさんですね」
グレイ卿は、エサ子を見て優しく微笑んだ。
膝を折って、エサ子の視線と同じ高さになると彼女の手を取り、甲へキスを贈る。
「レディ...ようこそ我が館へ」
「?!」
彼女は、頬を赤らめてスカートの端を取り、軽く会釈を返す。
確かどこかの映画でこんなやり取りがあったと思う。
いや、前にもどこかで同じようなことを。
「枢機卿閣下ですか?」
槍使いは、小声で優男に問うた。
色白だが切れ長の目から覗く青い瞳が鋭く光ったように見えた。
「商談の話でしょう! そうだ、奥でゆっくり話し合いましょう!!」
と、彼が切り出すと同時にエサ子の悲鳴が木霊する。
◆
館の主人からキスを贈られた小柄なメイドは、会場の卓上にお菓子を見つけると、摘みにトコトコと走りよっていた。エサ子の特異体質は、変態さんを寄せ付ける能力だ。そして、幼女メイドは、この世界でも性格破綻的嗜好の変態スイッチにストライクな要素だった。
声を挙げた彼女の目の前には、軍閥の使者が立ち塞がっていた。
お菓子を食べてた彼女の手を取り、露出している腕を指でなぞる。
「これは随分と上玉な...」
「エサ子!!」
槍使いが叫ぶと、
「ご主人様ーあ!!」
泣きそうな声を挙げている。
賑やかだった周囲はしぃんと静まり返り、不穏な雰囲気になる。
こういう人道に背く行為をこの館の主人は特に嫌う傾向だからだ。
「おお?! 幼女の主人か、幾らで手に入れた? 俺が言い値で買ってやるぞ」
腕を掴んでいる、男の眼下にあるエサ子は『言い値で買ってやる』と言われ、潤んでいた瞳から大粒の涙をボロボロ零し始めていた。
嗚咽も混じり、大泣きだ。
「貴様っ!!」
槍使いの怒気を遮り、枢機卿が使者の前に立つ。
「無作法者!」
彼女の腕から使者を排除する。
掴まれうっ血した腕に回復魔法を施した。
「枢機卿っ!」
使者の腕が大きく腫れ上がっている。
彼が使った獲物は鉄の扇だ。
「...つ、俺を...」
「兵を引くか? 引きたければ引くがよい! 私の館で子供を襲う輩の手など必要ない!!」
彼は鉄扇を腰の帯に差すと、腕を伸ばして兵を呼ぶ。
衛兵は彼の差し伸ばした手のひらに刀を握らせる。
「その前にこの刀の錆と換えてやろう!!」




