-79話 遭遇 ③-
魔眼で沈黙したキャンプ地には、解放されるべき奴隷はそう多く居なかった。
魔眼の下位スキル名を邪眼と呼び、精神支配と束縛効果を持つ稀有なデバフスキルだった。
数百万とも数千万人ものプレイヤーが存在する本ゲームにおいて、高等な精神支配系スキルを所有し行使し得るプレイヤーは非常に少ない。攻撃魔法や特攻武技などが多く習得される中、一度は、この束縛などの響きに誘われる冒険者は多くないのだ。
ただ、とてつもなく地味で対抗され易い、或いはあっさりブロックされてしまう貧弱なスキルと知るや否や、育成まで進まなくなる不人気なスキルであった。
これが、半年前だ。
現在、細やかながら注目を集めるのは、外部情報サイトに取り上げられた“魔眼”の存在だ。
これまで魔眼は噂に過ぎなかったレベルだった。
魔王軍の中で目玉のお化けみたいな魔物が使うレベルだった。
まあ、現在は邪眼+という種類のスキルだったようだが。
精神支配の圧倒的な高確率HIT。
他、卒倒を免れた対象への即死効果が30%固定確率で付与される上に、ステータス1割減を重ね掛けできる最上位魔法という存在。そもそも何発仕掛けられるか不明だったが、純粋に魔法詠唱者であれば、連続4、5発は記録のうちに入らないと言われたものだ。
ただし、その下位である邪眼、さらに下の邪視、そしてその下の邪気まで遡って育成するのは過酷な話だ。
と、いうのも邪気に至っては、不意打ちでもスキルのデバフ効果が対象に届かないという問題点が残る。
別のデバフによって心を乱されている状態から、邪気で倍掛けを狙いに行く術しかないという始末。
これによって敢えてデバフを利用しない風潮が生まれた。
まあ、ギャザラーやクラフトに効果があっても、アクセサリーを利用してこなかった今日までの流れと同じような雰囲気だ。
エサ子は、剣士に手を引かれてキャンプ地に到達した。
彼女が手を引かれているのは、失神した折、ちょっとちびったからだが――その話はあまり触れないでおこう。
◆
「回復させるのは、この4人だけでいいのかな?」
奴隷っぽい人たちの数だ。
首輪に足かせと、胸筋に刻まれた焼き鏝の印が痛々しい。
「彼らは?」
「私が、連れてこられる前から奴隷でした」
獣人の小作人が応える。
回復したばかりだから、まだ会話が出来るまで混乱が残っている感じだ。
目を白黒させて状況が呑み込めていない雰囲気だ。
「お、こら槍使い殿! なにを?」
卒倒している連中の懐を弄っていた。
「何って、こいつらの身包みを剥いでいるのさ」
剣士も同じように弄り、エサ子も天幕に潜り込んで金品を漁っていた。
「俺たちは勇者とかそんなんじゃ無いからな」
「ああ、こうやって生きて来た...ただ其れだけだ」
財布らしい革袋からは、銀貨が4~70枚ほど入っている。金回りがいいとは思えないが、商人の割にはやや厳しい財布事情だと思えた。
天幕から、スカートがめくれた状態で這い出て来たエサ子は――
「兄上、こんなものが!」
彼女が掲げたのが、復仇免許状という紙片だ。
発行者は、帝国とされる――帝国と聞いて、即座に過るのは北域にて事実上、魔王軍と同規模となったグラスノザルツ第二帝国だろう。
復仇免許状は、言い換えると私掠免許状という意味に代わる。
海上や陸上において、不等に利益を得る輩を襲撃・拿捕しても良いという簡単な意味に置き換えるとして、対象者は海賊や盗賊、山賊といった無法者たちなのだが、私兵(民兵)として彼らに罰を与える目的の認可状は、今日、他国の経済力を損なわせる政治的な意味で用いられてきた。
エサ子が掲げる紙片は、帝国の手先が既に王国に巣くっていると裏付けたものになる。
ただ、高々と掲げたそれよりも、白っぽい下着に広がった染みの方が人の目を惹いた。
彼女がそれに気が付くまでに、少々の時間を要する事になる。
「またまた厄介なことになった」
「逃げた残りも、追う必要があるんじゃないか?!」
使者は、その言葉に難色示す。
もっとも、そういう捜索は次の街で警備兵に任すべきだと、正論をぶつけてきた。
「そんなに王宮へ行かねばならんのかね?」
槍使いが不審そうに見つめた。
「当たり前です! 私たちは師の言葉通りにあなた方を招聘したのですから」
「なるほど」
剣士が獣人の小作人へ向き直る。
「悪いが、俺たちには自由がないらしい」
「いえ、助けて貰った御恩は忘れません」
「そういう事だ」
エサ子に言い聞かせる剣士の手が、彼女の頬をこね回す。
「わ、分かってるもん!!」




