-70話 行商 ①-
先の折れた茜色のとんがり帽子と、ローブを着こんだ冒険者が旅籠の店先に誂えた、長椅子に腰をおろしていた。腰の横に三色団子の串が2本、ひとつは上の紅い団子がない状態だ。
「今日は、格別に暑いね?」
熱いお茶のお代わりを頼むと、店の奥から娘さんがやや温めの白湯を運んできた。
「ええ、そろそろ雨が欲しいです」
「なるほど」
足元には冒険者より丈のある獲物と、大きなバックパックが置かれている。
「冒険者さまは...」
「あ、ボク? 行商を...ね」
「失礼でなければ何を?」
店の娘は、物珍しそうに冒険者を見ている。
「はは、えっとね。ボクのクランでアイテムを設計してる子がいてね。その子の作品を捌いてるんだよ」
冒険者はそう、説明したが『NPCの娘さんじゃ、今の説明でも不十分だったかな?』と、困ったアイコンを浮かべた。
「アクセサリーでしたら、この先の採掘場と古戦場址に多くの冒険者さまを見かけました!」
目を丸くして驚いてると、
「この世界では、アクセサリーは余り重要視されませんが、クラフターやギャザラーな方々から広まれば...」
「いや、有意義な情報をありがとう」
冒険者は、金貨1枚を娘さんに手渡す。
「え!? いえ、こんなに多くは」
「お茶代も含めた情報料、取っておいて!」
冒険者は腰を上げると、獲物を手に取った。
背丈をはるかに凌ぐ巨大な戦斧。
見た目は間違いなく魔法使いだが、戦斧で職業の適性が不明になる。
先折れとんがり帽子の鍔を指で持ち上げ、街道の先を見る。
「もう少し、遠出しても成果さえだせば、あの子も怒らないだろう」
戦斧を肩に担ぎ直すと、冒険者はまず採掘場を目指した。
この先の採掘場は確かに、鉄鉱石の有名なスポットがある。
スキル補正があれば、おそらく確認されている狩場の中でもっとも優れた生産量を約束できるフィールドだ。ただし、レアリティ・ランクはやや低い。
採掘中に品位補正スキルを使用すると、ギャザラーポイントの枯渇により時間帯効果が薄くなる。
つまり生産量を取るか、品位安定を得るかによって1時間当たりの鉄鉱石獲得量が変わるという話だ。
攻略ブックには、アクセサリーの重要性について触れられたページがいくつか掲載されたことがあった。
しかし、今日まで普及しなかったのは、アクセサリーの高額さと職人の少なさが祟った。
安価なアクセサリーは、ステ振りの幅が小さく壊れやすい。
仮に高い買い物をしても絶対に高品質とは言えなかったのだ。
結果、スキルを育成し鍛え上げることによって、補正値だけで生産量を高める方法へシフトしてきた。
アクセサリーを売る行商の冒険者も、クランの子が誕生日プレゼントだと貰わなければ、一生手にしなかったネックレスが胸元を飾る石である。
ラピスラズリという青い石だ。
持っている魔斧の性能が上がるものらしいと聞かされたが、イマイチ実感は無い。
多分、恩恵があるから提げている程度。
しかし、鏡を見るたびにアクセントにはなっていると考えている。
「...マルちゃんも気遣い性だよなー」
と独り言ちている。
 




