序章
背景設定の殆どが、鉄と鋼の鍛造技術がありながら、ふわっとした10世紀未満の中世より前、ヨーロッパを彷彿させる時代設定。でも、なんだか無理やりすぎて矛盾のような、すとんと府にも落ちない尻のムズ痒い雰囲気がある。
阿呆みたいに高く聳える山に大型の鳥が飛び、それを従えるようにドラゴンが鎮座する。
広大な高原には虎並みに大きな灰色オオカミが群れを成して、走り回っている。
深い森には歩くテングダケとか生息して――
そう絵に描いたような、ファンタジーな世界。
暗くてひんやりとした森には魔女とか、妖精とか、魔物が住んでいる。
そんなんだから、人は自ずと“光”に神を見出す。
祈れば神様が助けてくれる。
神様の使いが助けてくれる、やさしい(?)世界。
と、思ったのはいつ頃までですか?
フルダイブ型と呼ばれた、仮想現実のゲームは今まで数多く。
それこそ星の数の如く生まれて、星屑のように流れていった。
最短のサービス記録は、6か月。
最長のサービス記録は、14年というものがある。
最長の14年は今も細々と生き永らえてるだけで、順調かというと恐らくは違うだろう。
VR MMO RPGというジャンルは平均で3年から4年が節目だといわれる。
掛けた投資を回収できるか否かという目安だ。
だから、星の数のように生まれてルートボックスで荒稼ぎしたら、蜃気楼のように消えていく。
こんな商売をしていれば、消費者の方も鍛えられて当然だという。
MrMMO RPG(Mixed reality Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)『ハイファンタジー・オンライン(High Fantasy Online)』も、3年目の節目を迎えた――そして、今、ついに大規模なアップデートが告知される。
撤収か、或いは予想に反してサービス継続かで盛り上がる12ちゃんねるの匿名投降者たちのお祭り。
多くの外部攻略サイトでも空虚な議論が飛び交った。
個人のブログ、ソーシャルメディア群もならい。
――期待は膨らむというもの。
◆
公式の開発ブログから告知ページが掲載された。
アップデートの目玉は、所謂『PvP=対人戦』だ。
「――これは、予想の斜め上のようですが......何か意図のあるものでしょうか?」
と、公式チャンネルで司会を務める有名声優が訝しみながら、スタッフに問う。
顎髭が印象的な男は、ぎょろっとした目で。
「ゲームのオープニングアニメーションでは、大海原を黒い帆で埋め尽くす魔王軍の異様さと、ノルマンディー上陸作戦のような浜の上に魔物の群れというのがあります。僅かに10数秒程度のいちシーンでしかなく、瞬き程度で流れてしまいますが――視聴したユーザーには印象深かったようで、私たちスタッフとしても、そんな秒単位のシーンに感銘を受けてくれてうれしい限りでした」
「はあ」
「――っ、そして、要望も多かったんです」
小首を傾げる司会。
髭をいじるスタッフ。
「シナリオをプレイしても、魔王軍と戦う...いや、戦える機会が無かったことに...オープニング詐欺じゃないかという、お怒りの要望が多かったんです」
と、彼は苦笑して見せた。
「それで?」
「魔王軍の侵攻に併せて迎え撃つ“光の勢力”帝国サイドは、世界評議会とともに冒険者、まあ、プレイヤーのことですが。彼らとともに戦争して貰う予定です。これはまあ、紛争イベントといえばいいでしょうかね?」
司会者の眉根が上がり、
「ちょっと待ってください...それだと単にPvEなのでは?」
「今回、両陣営にプレイヤーが分かれて参戦できるよう、プレイヤーが持つステータスにある“カルマ値”を利用します。まあ、こういうのを想定して用意していたもので。悪事を働いたらマイナスになり、監獄島でカルマを正位置に戻せば出所できるなんてのは...序の口でして」
公式チャンネルの脇に流れるコメントは早くて、まったく読める気がしない。
垂れ流しか、かけ流しか。
「そうなると...魔王軍サイドの条件というのは?」
「マイナス1000ですかね。2ないし3人ほど殺人あるいは、PK行為を行えばすぐ到達できる値だと思われますね」
司会者が額の汗を拭い、微笑みを浮かべ――
「PKKに狙われる賞金首じゃないですか、それ。洒落にならないなあ」
賞金の出処は、冒険者ギルド・被害者の会からで早い者勝ちだが、PKプレイヤーは所持装備の強制ドロップが発生する。だから元PKが、PKKに転向するという事案が発生してたりする。
が、PKKが返り討ちに遭うケースの方が多いのも事実だ。
対人上位者ってのはどこにでもいるわけで。
「それぐらいの猛者でもないと、PvPなんて甘くないですからね」
「まあ、確かに...ほかに条件はありますか?」
「アライメント値ですかねえ? これは未だ調整段階ですが、種族をクリーチャーにされた方は、種族性に従って“闇”か“光”って二分化されてます。獣の亜人だと“昼行性”と“夜行性”みたいな括りも“光”か“闇”に分類されるわけです。が、差別も産みかねないので、調整が難しいんですよね」
「でしょうね...」
魔王軍サイドで参戦すれば、その後のプレイ環境も変わるだろう。
むしろユーザーは“傭兵”というステータスで関わる方が、リスクマネジメントに合致するのでは?という意見も、運営内で起こったほどのデリケートな部分。
公式チャンネルはまあ、こうして終幕する。
放送終了後もなにかと炎上していたが、全体的にはすこしダレていたところに燃料投下となって、良くも悪くも燃えたといえる。その後、運営から2度目の発表で――『プレイヤーは、冒険者ギルドと邪神教の使徒から、依頼を受けることで“傭兵”として参戦できるようになる』と、訂正されたようだ。
ハイファンタジー・オンラインの時代設定は14世紀~15世紀をベースにしている。
陸地よりも海の面積が広いため、船が発展していったからだ。
船が発展すると、海賊も出るようになり――自衛の為に、錬金術が磨かれて誰もが使える技術へと転換していくことになる。初めての前装式で滑腔銃身が用いられた、魔法で起爆するマスケットが登場するのは、魔王軍の上陸作戦の頃である。
その後、魔砲という大砲もつくられていく。
船に載せるほどの小型になり、再び陸専用に大型化して大いに発展した。
それはまた、別の話で――。