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クリスマスのユメクマ。

作者: Chiaki




 クリスマスなのにドキドキと浮ついた気分にならなくなったのはいつ頃からだろう。

 サンタクロースの正体がお父さんだと知った時?

 高校生の時、クリスマスの公園で彼女にフラれた時?

 いつかはさておき、僕の中にはもうクリスマスと聞いても高揚感を覚える瞬間はもう微塵たりとも来なかった。


 そんな僕が今年のクリスマスを迎えるにあたっての過ごし方は――。

 着ぐるみの中に入る事だった。

 バイト先でのイベントの一環だ。僕は職場のマスコットキャラクターであるクマのぬいぐるみに扮することとなった。自発的にやりたがったわけではない。シフトメンバー同士でやったじゃんけんで負けただけだ。

 てなわけで僕は職場が忙しいクリスマスに着ぐるみ姿で闊歩している。


 僕の職場について話し忘れていた。非常に歴史のある建物。城だ。その城は大きな公園の中にあり、現在では観光スポットとして名所化している。普段はそこのインフォメーションスタッフをやっている僕だが、今日はマスコットキャラクター『ユメクマ』として立ち振る舞わなければならない。


 『ユメクマ』は全国的にもなかなかの認知度で、その毛むくじゃらの愛らしい姿(僕にはただ兜を被ったクマにしか見えない)は老若男女問わず人気がある……らしい。マスコットキャラクター特集みたいなのでテレビでも取り上げられるぐらいで、イベント時に城のそばの公園を練り歩く『ユメクマお散歩タイム』には毎回駆けつけるファンもいるぐらいだ。もちろんスタッフが毎回中に入っているのだが、みんなこの役回りを積極的にやりたがらない。着ぐるみの中は時期を問わず暑いしね。だから毎回じゃんけんになるのだが、今回は僕の一人負けだった。


 ユメクマファンの中に一人飛びぬけて熱心な人がいる。女の人だ。多分僕と同じく大学生ぐらいの年齢。僕らスタッフの間で彼女のファン活動が話題になることは少なくない。何しろオリジナルTシャツやオリジナルうちわ、果てはオリジナルバースデーソングを作成してくるぐらいだ。


 そんな彼女のことをスタッフは決して悪く言ったりしない。何事においても常連というものは良くも悪くもネタにされがちだが、彼女は特別、美人だった。むしろこちらのスタッフにファンがいてもおかしくない。


 今日も恐らく彼女は来るのであろう。特別仕様であるサンタ服の衣装を身につけたユメクマに会いに。僕は着ぐるみの中から辺りを見渡す。昼間の公園は明るいとは言えども、着ぐるみの中は如何せん視界が悪い。頭に着けたサポーターの感触も好ましくない。僕はせっかくのクリスマスに何をやっているのだろう。そんな気持ちになった。


 けど、子供たちがこちらを見て笑顔で駆け寄ってくるのは悪くない。なんだかこちらまで笑顔になる。

 そうして何人かの子供に取り囲まれている中、僕はくぐもった視界の先に見つけてしまった。


――あの子だ。


 例の常連の女性ファンだ。(ユメクマ)を見つけて一目散に彼女が近くに寄って来る。子供たちは割といい年の大人が目を煌めかせて走ってくるのを見てさっと左右に引いた。僕はその様子を着ぐるみの目越しに見て、モーセが出エジプトの際に海を割った時ってこんな感じだったのかな、などと思ったりした。


 僕の着ぐるみシフトは今日が初めてなわけだが、まじまじと近くで彼女を見るのも初めてのことだった。


 髪は長く、毛先まで綺麗。肌の色は真っ白だが不健康というわけではない。スタイルも良い。そして極めつけは……これ以上ない満面の笑顔。なるほど、これは美人と皆が口を揃えて言うわけだ。

 「久しぶりだねユメちゃん! 会いたかったよ!」

 彼女は手を上に伸ばし、高い声でユメクマである僕に話しかける。『ユメちゃん』というのはこのクマの愛称だ。僕はそれに対して『うんうん』と大きく頷く素振りを見せた。


 そして「あ、言い忘れてた」と彼女は。


 僕に抱き着いた。


 僕に抱き着いたわけじゃない。ユメクマに、だ。

「メリークリスマス」心の底から幸福そうな笑みを浮かべて彼女が言う。

 僕も彼女の体に着ぐるみのふわふわとした手をまわし、心の中でメリークリスマスと呟いた。


 こんなクリスマスもありなのかもしれない。ユメクマはそう思ったのだった。




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