表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼の影、瞳の中  作者: 深雪
2/3

悲しき剣

 気持ち悪い。

 剣を一ふりする度に、思う。

 俺の剣にはあの男が宿ってしまっている。少しでも違った型をとろうとすれば、男の気むずかしい声が聞こえてきそうだ。


「ああ、そんな構えでは、体を壊す」


 そう、いつもあの男の話す声は独り言みたいだった。人に教えている、というより、常に自分と対話しているみたいだった。

 物静かな男だった。多くを語らず、されど多くを考えていた人だった。今にして思えば、そんな性格が狂気へと走らせた一歩だったのかもしれない。

 と、こんな風にあの男のことを思い出してしまう自分が気持ち悪い。どこかでなにか理由があったのではないか、なにか深い考えがあっての行動だったのではないか、とあの男を擁護する自分の甘さが憎い。


「それなら剣なんてやめちまえよ」


 後方から凛とした声が響いた。

 アヤセの声である。

 アヤセはいつも辛辣だ。

 アヤセは別に俺の心を読んだわけではない。

 ただ、俺の振るった剣のあまりの鈍さに、つい口出ししたくなったのだろう。


「とかいって、ライバル減らしたいだけでしょ、アヤセはさ」 


 遠い距離でも届くように少し声を張って話す。


「ちっ。誰がライバルだよ。誰が」


 すかさず舌打ちするアヤセ。舌打ちがここまでにあうやつもそういないなと思う。


「そうだね、公式戦で一回も俺に勝ってないやつがライバルなわけないか」


 そこまでいってやると、修練所の端からつかつかよってきたアヤセは、俺のほっぺたを急に指先でつまみ上げた。

 両方同時にだ。


「わわ、いたいいたい」


 アヤセは闘技用の制服のしたでこれでもかというほど肩を怒らせていた。彼の華奢な体躯には少しにあわない動作であった。

 それから、女の子のようにさらっさらの長い黒髪がなんだか彼の激情を表すように逆立っている錯覚を見た。

 まるで、猫みたいである。アヤセには猫と言う動物がやたらとしっくり来るな、とほほの肉を乱暴にされながら他人事のように思った。


「お前がそんなんだからお前に負けてる俺がなめられるんだ! いいか、頼むから堂々としてくれよ。お前はシーズンで一番、俺は二番なんだぞこれが何を意味するかわかってるだろ」


 シーズン一位か、うれしくないな……別に。闘技大会で一位をとったところで、何も得られるものなんてない。強いて言えば、空虚な金と地位と名誉だけだ。


「その空虚なものを熱望してるんだよ。みんな俺とお前は本来憧れの的なの、わかる?」


「ふぁかったぁから、ふぁなしてぇ」


「ちっ。たく、お前が試合以外でもあれだけ気合い出せばなあ」


「公私混同はいけないよ。試合は試合普段は普段の使い分けが大事だよ」


「なんで商工会ギルドのオッサンたちみたいなこといってんだよ。俺達は一般の職とは違うだろ。暗殺あたりまえのいのちがけの順位戦背負ってるんだから」


「あーあ、アヤセはさ少し真面目すぎるよ。それに、暗殺なんて噂だけで裏とれてないし」


「火のないところに煙はたたないんだよ」


「まあ、一理あるけどね」


「……急に認めるなよ、調子狂うだろ。とにかく、もっとしゃんとしてろ。でないとなにされるかわからないからな。それに、お前には俺との試合で死んでもらう予定だから、抜け駆けされるのはいやだ」


「暗殺が、抜け駆けとか、物騒な世の中になったもんだ」


「あー、そうだよ。物騒になったんだ王家が潰れてからな。だから、お前も自覚しろ。じゃあな」


 アヤセは踵を返し、片手をあげてさっていった。

 嵐のようなやつだ。


「王家が潰れてから、ね」


 そう、我らがエルーデはあの日王国ではなくなった。王家が実質的にある一人の男によって根絶やしにされたのだ。

 レイ……。

 かつて、一人で東方国家の侵略をおさめたといういかにもな伝説をもつ、知る人ぞ知る剣の鬼である。

 なにゆえ鬼が国家に歯向かったのかはわかっていない。誰もわからないのだ。当事者であった俺も結局わからずじまいだった。

 レイは姿を消し、形だけ残った国を商人出のクラウスがのっとった。

 クラウスは特に大きく国の構造を変えたりはしなかった。それがいかにリスクの高いことか、彼にはしっかり見えていた。彼は欲にまみれていたが、賢い人物だった。

 彼がしたことは単純で、戦のないとき稼ぎのない腕ぷし自慢の兵士たちを闘技という形で競わせたのである。

 賞金を出すことでモチベーションをあげさせ、魔法での各家庭への中継によって、集客力を高めた。

 今やこの国で闘技大会を見逃すなんてことはありえない。

 どんな仕事についたものも闘技大会の時間だけは休憩がとれるようになっていて、みな食い入るように石板に映る魔法の画面を注視していた。そして、休日のレジャーと言えば、旅行よりも闘技大会観戦となっていた。

 参加している兵士たちにはこの客たちの入場料と、個人についた支援者からの金が入り、兵士は戦に駆り出されるだけの野蛮な職業から、一躍スターへの登竜門へと変化したのである。

 闘技大会がはじまってから、国は徴兵制を撤廃し、完全に手挙げ制に変えたのだが、それでも定員数を溢れるほど志願者が来て、兵舎の運営陣はてんてこまいだという。

 こうして、クラウスはうまく王国民だったものたちをかもに変え、そして、国の兵力の増強に成功したのである。

 恐ろしい男だとは思わない。

 むしろ、かつての父のように無策に戦争ばかりを繰り返した王よりもずっといい支配者だとは思う。

 だが、ときどき、怖くなる。

 闘技大会に慣れすぎた人々は血の気が多くなりすぎている。

 アヤセの言葉ではないが、物騒になりつつあるのもたしかだ。日常的に戦いを目にしているせいもあり、ちょっとしたいさかいでも歯止めが聞かないのだ。

 そして、闘技大会に出る勇気のない臆病な人間は影で人に暴力を振るうようになる。

 影の暴力が横行し出すと、今度は、自警団の力の増強が図られた。

 その増強とは無論、兵士の投入である。

 それも、闘技大会の戦績のよいもの、より周知度の高いものが選ばれ、精鋭部隊が編成された。

 人々は彼らを讃えたが、中にはその実態を知り、掃除屋などと呼ぶものもいる。

 国は確かに富、栄え、軍事力もましたが、同時に混沌としているのだ。


「…………」


 なんてことを柄にもなく考えたところで、もう国政に関われる位置に自分はいないのだ。かつての第2王子という権力はもうなんの意味を持たない。そもそも、立派な兄の存在のお陰でほとんどといっていいほど表にでなかった名前だ。王家が滅んだときも、誰一人、俺のことを思い出しはしなかった。

 母は賢明だったのだ。どうせ俺に継承権が向かないのなら、あえて表に存在を出さず、厄介な政治の世界から解放してやろうと思ったのだろう。

 もちろん、こんな風にそれが裏目に出て、なんの財産も得られないまま俺が一介の兵士として闘技大会に参加していると知れば、後悔にさいなまれていたことだろうが、母にはもう抱える頭も腕ももうないのだから、寂しい話だ。

 ぶんっと、剣をならす。

 あの男をほふる剣を。

 あの男を断ずる、確かな剣。

 それが手にはいるまで、俺は闘い続けなければならないのだから。


「アジー、出番だよ」


 リューシャの呼ぶ声がする。

 俺は余計なものを振り払うように、もう一度剣を振った。


「ああ、今行くよ」


 身体にみなぎる力を感じる。

 ああ、この瞬間だけは自分を離れることができる。

 これは逃げ、なのだろうか。

 それとも、前に進むための一歩となっているのだろうか。

 呼びに来てくれたリューシャとお決まりになったハイタッチをして、俺はスタジアムの扉を潜った。

 歓声が聞こえる。否、扉を潜る前から聞こえていたのだ。ずっと。スタジアムはおおいに湧いているのだ。

 何せ、俺はシーズン一位の大人気スターという厄介な肩書きを抱えてしまっている。

 耳が割れそうにいたい。

 みな、ファンならもっと選手のことを考えて応援してほしいものだ。そんなことを思いながら、片手で観客に答える。

 耳が壊れようが、何を言おうが、俺は彼らに生かされているのだ。無下にはできない。

 スタジアムの中央までゆっくり手を振りながら歩いていくと、まるで俺に合わせるように同じタイミングで今日のお相手が位置についた。

 表情に嫌みな感じが透けて見えた。ひがみと、はったりがない交ぜになった顔。

 右肩と左肩で筋肉の盛り上がりかたが全くちがう。バランスが悪い。おまけに、姿勢も良くない。これではせっかくの大きな骨格もうまく力を働かせられないだろう。

 目の前にたつ明らかに農民出の素人であろう初老の男は不敵な笑いを作ろうとして失敗したようなひきつった笑みを口許に浮かべた。

 キャラクターづくりをしてきたようである。

 恐らくはここで俺を下し、華々しくスター街道を登っていくための努力なのだろう。だが、ここで求められているのはそんなものではない。

 どうしてそんなこともわからないんだろう。

 あんたは俺の何倍生きてきたんだ。

 スタジアムに、笛の音が響き渡る。

 試合、開始だ。


「俺は……村出身、……だ」


 男がなにかを口走ろうとしていた。

 きっとつまらないことだろう。

 早く構えろ、と思う。俺がほしいのはお前の名前なんかじゃない。早く、その剣を見せてみろ。


「…………」


 一向に答えない俺に痺れを切らしたのか、男がようやく構えた。

 ジリジリと詰め寄って来る男からはつんと鼻をつく嫌な臭いがした。

 だが、それもすぐになれる。

 そして、俺の対峙する男は、平凡な田舎者から国賊へと変貌する。


「レイ……」


 口にすることすらできなかった、あの日の悲しみを剣にのせる。


「……どうして……」


 俺はレイの中段に構えた剣を大上段からうち据える。

 鈍い金属音。

 レイがうろたえるのがわかる。

 俺のちからがレイの予想を上回ったのだ。その少しの読み違いは、死闘のなかでは致命的なミスになる。

 あまりに簡単にはじかれ、3歩も後退したレイに、俺は激怒し、休憩の間を与えない。


「こんなものじゃないはずだ……」


 レイの体勢が守りにはいる前に、間合いに飛び込む。万にひとつも反撃ができないように、あえて剣は振り抜かず、ぎりぎりとレイの剣の腹を滑らせ、詰め寄る。

 その、利き手がわに、傾いたからだの横腹に渾身のけりを入れた。

 どごっと靴が肉に食い込む。


「がはっ……」


 男の剣をもつ腕の力が弱くなったのを見逃さず、すかさず自分の剣を振り上げ、男の横を駆け抜ける。振り向き様に、その横腹を容赦なく切った。


「れぇぇい……」


 剣はいともたやすくレイの肉の厚い身体を真二つに切り裂いた。

 歓声がどっと湧いたのが先か、レイの身体から血飛沫が上がったのが先か、わからなかった。

 どうでもよかった。

 そして、俺はまた、この程度の男にレイを重ねたことを後悔した。

 俺は事切れかけている男を乱暴に抱えると、観衆になかば機械的に手を振りながらスタジアムをあとにした。


「アジーやりすぎ……リューシャのこと信用してくれるのはいいけど、いつかほんとに人殺しになっちゃうよ?」


 治療の終わった先ほどの俺の対戦相手をきつけのためにぺしぺしたたきながらいう。


「でもほら、大丈夫だったでしょ」


 頭をかきながらいう。たしかに我ながらやりすぎたかもしれない。あそこまで相手に隙があったのだから、武器を取り上げてしまえばいい話だったのだ。


「焦りすぎだよ。アジーは。アジーは剣が好きじゃないくせに、鬼気迫る感じで常に上を目指してる。もう天辺まで来ちゃったのにさ」


「焦ってるように見える?」


「うん、私からはそう見えるな。焦ってるっていうよりももっと違うかも。切羽詰まっているって感じかな」


「…………」


「そんなに急いでも何も手に入らないよ。たまには休まないとさ」


「……なんで、リューシャはそんなになんでもお見通しなの?」


「うーん、なんでだろ? アジーが分かりやすいだけじゃない?」


「そっか……」


「ね、アジー。何か、私に言いたいことあるんじゃないの?」


「な、何? 言いたいこと? ないよ? ないない」


「っそ。なら、いいけど。……ねえ、アジー」


「何?」


 俺は一体いつからアジー何て呼ばれているんだっけ? と考えながら答えた。


「やめたければさ、いつだってやめていいんじゃない?」


「やめる? どうして」


「だってさ、アジーの試合見ちゃったときさ、いっつも思うんだ。辛そうで、寂しくて、救いのない剣だなって」


「剣から感情が読めるの?」


「うんと、これは感覚的なものだからなんともいえないんだけど、ただ、そんな気がするの。だから、アジーの試合を私は見たくない。見てると、こっちまで辛くなるから」


「……リューシャ、考えすぎだよ。ただ、余裕がないだけさ。きっと」


 リューシャにはどうしてなんでもお見通しなんだろうね。そんな言葉をのみ込んで、ごまかした。


「そか、ならいいの。でも、冗談抜きで、人生2回は遊んで暮らせるくらいには稼いでるんじゃない? アジー」


「うーん、3回行けるかなーくらいじゃないかな」


「うわ、嫌味……。ちぇーここでアジーがいなくなればアジーについてる十人の支援者のうち一人くらい私につくかと思ったのにー」


「ふ、そんな策略にはひっかからないよ」


 もちろん、リューシャがそんなつもりで言ったのではないことはわかっていた。でも、そんなことをあえて言葉にしたり、感謝したりはしない。照れ臭いからだ。


「リューシャ、そろそろ自分の試合始まるんじゃない?」


「あ、そうだった……準備運動する時間なくなるところだったよ……ありがとう」


「じゃあ、また」


「うん、また」


 リューシャは自慢の長い金髪をはためかせるようにきびすを返し、コロシアムと反対方向へ歩いていった。「準備運動する」ためである。リューシャは潜在的な身体能力が非常に高いのだが、身体を鍛えこむのを怠けてしまうきらいがあり、試合でフルに身体を使うために念入りに準備運動する必要があるのだった。でないと、試合中はぎりぎりもったとしても、次の日にうごけなくなり、トーナメントリタイア何てことに、なりかねないのである。


「がんばれ、リューシャ」


 俺はリューシャが完全に去ってしまってから囁くようにいうと、闘技場をあとにした。

 知り合いの試合はできるだけ見たくないのだ。きっとみんなそうだろうと思う。友人や恋人が試合で死ぬところ何て誰が見たいだろうか。まあ、アヤセは例外だが。アヤセは研究熱心で、恐らくはコロシアムで行われるほとんどすべての試合を網羅的に見ているらしい。そして、その試合ごとにアヤセノートなるものをつけているらしいが、一体そんなものが実戦でどう役に立つのかしれたものである。

 そういえば、そのアヤセも今日、試合があるのだった。


「がんばれ、アヤセ」


 また俺は囁くようにいいながら、市場の方へ足を傾ける。

 叩き売りが始まっていた。

 親父さんたちの割れんばかりの大声がまるで何者かに怒り狂っているみたいに聞こえてくる。

 思い思いの手提げをもった奥様方が市場の方へ流れていく。

 俺は、それを、なんとか素通りしようと外套を持ち上げて顔を隠して歩いたが、失敗してしまったらしい。


「スターのお で ま し だ!!!」


 魚屋の親父の一言と同時に、今日の俺の平穏がなくなったことが明白になる。

 このあと、ありとあらゆる人にもみくちゃになる自分が容易に想像できた。

 やれやれ、勘弁してくれ。


 ……闘技場スターの一日は長い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ