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君への道のり

作者: きゃる

冬の童話祭2017

『心の氷を溶かして』のローク視点の物語です。



「必ず迎えに行くから。絶対に迎えに行くから、僕を待っていて!!」


 君は覚えているだろうか?

 僕の想いを、信じて待ってくれている?




 僕が初めてユリアに会ったのは、預けられた孤児院の中庭。

 両親を流行り病で亡くした僕は、親戚中をたらい回しにされたあげく、丘の上の孤児院に連れて来られた。


「先生の言う事をよく聞いて、よく働くように。決して逃げ出そうとするんじゃないぞ」


 遠い親戚だというその男が、僕に言う。その家は貧しかったから、これ以上僕を養う余裕が無いそうだ。


 小さな僕は、黙って頷くことしかできない。泣いてはいけないと、一生懸命歯をくいしばるだけ。


 石造りの孤児院の窓からは、あらゆる年代の子供たちが顔を出し、こちらを見ていた。

 

 新入りの品定めでもしているのだろうか?


 男は肩の荷が下りたとでもいうように、一度も振り返らずに、この場を後にした。僕は一人、誰も知り合いのいないこの場所に、置いて行かれたのだ。


 院の子供達は思っていたより親しみやすく、銀色の髪の毛がよほど珍しいのか、いきなり触ろうとする。僕より小さな子はあまりいないみたいだ。ただ、泥遊びやおやつのヌガーでベトベトの手で触ってくるから、初日だというのに思い切り逃げ回った僕は、中庭を横切る。


 そこに、彼女はいたのだ。


 後に女王となるその少女、ユリアは中庭にある一本の樹にもたれて、一人静かに本を読んでいた。そこだけ清廉な空気を纏っているかのようで、神々しく感じてしまう。


 僕と同じような色の髪なのに、彼女はなぜ放っておかれているんだろう?


 顔を上げたユリアの瞳が僕を捉える。僕は、ハッと息を呑む――彼女の瞳は、とてもキレイな紅い色をしていたから。

 ユリアの髪は白に近い金色で、手足も細く肌は真っ白。瞳と唇だけが妙に赤い。


 彼女は似たような髪の色の僕を見ると、訝しげに眉をひそめた。その後でああ、と得心がいったようにうなずいて、僕を見て微笑む。

 その笑顔がとてもキレイだったから、僕は思わず見惚れ、一瞬で恋に落ちた。




 それから僕は頑張った。年上のユリアは、一人でいることが多い。彼女に何とか近づこうと、一生懸命策を練る。

 彼女の読んでいる本が読みたくて、文字を必死に覚えた。彼女のそばにいるために、当番でもないのにユリアと重なる日は、掃除を代わってもらう。

 そんな僕に彼女が笑いかけてくれるから、孤児院での生活は楽しかった。ユリアが「ローク」と呼ぶだけで、僕の胸はいつでも高鳴る。



 ある日、ユリアが意外な事を言い出した。


「いいなぁ。ロークくらいキレイで可愛かったら、私も誰かの子供になれるかなぁ」


 ユリアは何を言っているのだろう? 彼女の方がよっぽどキレイなのに……


「僕は、ユリアの方がキレイで可愛いと思うよ?」

「ありがと。お世辞でも嬉しいわ」


 残念ながら、僕の言葉は本気と思われなかったようだ。これ以上無いくらい真剣だったのに。僕は年の差を恨めしく思う。




 それから一年も経たないうちに、「僕を養子に迎えたい」という家があらわれた。裕福な商人の家で、男の子が欲しいのだという。

 お金持ちならユリアも一緒に行ける!


 けれど、その願いは叶わなかった。僕がキレイだと感じるユリアの容姿が嫌われたのだ。彼女は『アルビノ』と言い、この国では違和感を与える存在なのだとか。

 でも、ユリアはユリアだ。彼女は優しく美しい。どうしてダメなの?


 別れの日、僕は馬車の窓からユリアに向かって叫ぶ。


「必ず迎えに行くから、絶対に迎えにいくから、僕を待っていて!!」


 僕が強くなったら、誰にも文句を言わせない。偉くなって、きっと君を迎えに行くから——




 早く一人前になりたい僕は、商人の勉強に励んだ。ユリアに文字を教えてもらっていたお陰で、孤児院の出だからとバカにされず、順調だった。

 ユリア。もうすぐだから、そこで僕を待っていて!


 全てはユリアを迎えるため。

 それなのに、女王候補を送り出すという『聖天祭』の当日、僕は信じられないものを見てしまう。

 商家へのお遣いの帰りに偶然通った道で、神輿に乗って運ばれる神々しい姿を目にした。10年ぶりの女王候補が出たという事で、町はお祭り騒ぎだ。でも、騒ぎの中心にいる女の子に、僕は見覚えがある。

 そんな……そんな!


 僕は人混みをかき分け、間近で見ようと必死に走る。あの姿は、僕の好きなあの紅い瞳は!


 町の広場に着いた時、一瞬だけ彼女と目が合ったような気がした。僕はその子を見て、思わず泣きそうになる。


 やっぱり、ユリアっ!!


 お祭りの喧騒と歓声の中で、君を呼ぶ僕の声はかき消されてしまう。

 僕は絶望的な思いで、お祝いの花吹雪の中に消えて行く君を見送ったのだ。君からは、可憐な笑顔が消えていた。最後に見た君は、とても悲しそうで。


 ねえ、ユリア。君に笑顔を取り戻すために、僕はどうすればいい?



 ***********



 月日は流れ、僕は若いなりにもこの国で有数の大商人へと成長した。

 ユリア、ようやく君を迎えに行ける。私財をはたいて貢ぎ物をたくさんしたら、『天の王』は君を返してくれるだろうか?


 風の噂で「君が女王になった」というのは知っていた。女王達は季節ごとに遥か北にある塔へ籠るという。

 君の笑顔はみんなに元気を与えるから、君は『春の女王』かな?

 僕は春に塔へ着くよう、町を後にし旅に出た。




 ようやく辿り着いた『季節の塔』で、僕は一人の女性に出会った。彼女は「自分こそが春の女王」だと言う。ではユリアは? 彼女は女王ではなかったの?


 僕は春の女王から、君の事をたくさん聞き出した。冬の女王に選ばれたこと、女王としての勤めを頑張っていること、心優しく意地っ張りで、素直になれないことなどを。

 そのどれもが昔のままの変わらぬ君で、思い出した僕は、心が温かくなる。


 ああユリア、早く君に逢いたい——


 けれど冬は終わったばかりで、あと一年待たなければならない。君に会えると思えば、待つのはどうってこともないだろう。

 来年の冬が終れば、僕達は一緒だ。そう考えただけで、気分は浮き立つ。




 待つだけの一年は、短いようで長い。ようやく待ち望んでいた冬がやって来た。いつもなら商売に影響が出て嫌だと思う季節も、君を想えば苦にならない。僕は君に会うために、冬の終わりを待ち侘びた。

 ところが――


 今年に限っていつまで経っても冬が終わらないのだ。塔の中に君が居ることがわかっていながら、僕は側に近付くことさえできない。

 そうこうしているうち、この国の王様からお触れが出た。


『冬の女王を春の女王と交代させたものには、好きな褒美をとらせよう——』


 褒美なんて要らない。

 ユリア、僕は君がいい。



 意を決して、冬の塔へ向かう。お金なら十分にあるから、装備は万全だ。

 君にようやく逢えるから、雪で埋まる道のりや吹雪さえも気にならない。

 そう思っていたけれど——


 深い雪と激しい吹雪が僕の行く手を何度も阻む。もう何度、転んだのかもわからない。君の顔を見るために、僕は懸命に前へ進む。

 でもあと少し、もう一歩の所で身体が全く動かなくなる。目の前に塔は、見えているのに……

 身体が雪に埋もれていくのがわかった。

 一面、真っ白な世界。相変わらずの猛吹雪で、もう何も見えない。


 ねえユリア。君はもしかして、泣いているの? この吹雪は冬の女王である君の涙なのかもしれないね。

 真っ白な雪は純粋で、穢れのない君だ。なぜ僕は、君を『春の女王』などと思っていたのだろう? 白く降り積もる雪は、優しく純粋な君の心そのままなのに……


「……ク、ローク、どうして?」


 僕の名を呼ぶ彼女の声に、最後の力を振り絞り目を開ける。ああ、僕の好きな紅い瞳……ユリアの目が、僕だけを映している。


「ユリア、やっと逢えた。逢えて良かっ……」


「ローク、起きて! 目を覚まして!! そんな、そんなっ」



 ごめんね、ユリア。僕は君を泣かせてしまったね。本当は、君の笑顔が見たいのに——




 凍えた身体が温まっていく。

 君の呼ぶ声が聞こえる。

 頬に当たる冷たい水は……君の涙?


 目を開くと、飛び込んできたのは少女のようなユリアの姿だった。ああ、いつの間にか僕は、君の年をとっくに追い越してしまったんだね?


 徐々に起き上がった僕は、彼女を真っ直ぐに見て囁いた。


「ひどいよ、ユリア。僕は君を、絶対に迎えに行くって言ったんだよ? まさか、忘れてしまったわけではないよね?」


 どうか僕を拒絶しないで!


 頬を染めてこちらを見るユリア。

 儚げな姿と安心したようなその笑顔に、不意に愛しさが込み上げる。

 考えるよりも早く、僕はユリアを抱き締めていた。


 ずっと逢いたかったその存在に、幼い頃からの想いの全て、憧れの全てを込めて僕は告げる。


「ユリア、ずっと君が好きだったよ。僕と一緒に帰ろう。今度こそ二人で幸せになろうね」


 可愛くこくんと頷く君。しっかり抱き合う僕らの頭上で、薄紅色の花びらが舞っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 女性目線は悲しくて、男性目線は切なかったです。 二人が幸せになるといいですね。
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