コーシの一言
サキは宣言通りカヲルのテリトリーに毎日顔を出した。
コーシ連れで。
サキの乗っ取り発言を聞いていた男達は、最初は油断なく構えていた。
だが別にサキは殴り込んだり、輪を乱そうと働きかけるわけでもない。
酒場に顔を出している時と同じように、ただぶらぶらと喋りに来ては帰るだけだ。
男たちは次第に警戒を解いていった。
それどころか毎日顔を見せるコーシにまで絡むようになってきた。
「おい、コーシ。お前もう肉とか食べられるのか?今度いいやつ持ってきてやるよ」
「しかし本当愛想ないよなぁお前」
「これいるか?あ、甘いものはまだだめか」
無表情、無愛想なのにその容姿は割と整っていて可愛らしい。
つり上がった目尻の中で動くライムグリーンの瞳と、動く度に軽く揺れる栗色の髪。
つれない態度も合間って、なんだか懐かない子猫のようだ。
男達はなんだかんだで構いつけた。
コーシは話しかけられる度に眉根を寄せて距離をとっていたが、サキは特に口出ししたりせず放っておいた。
調子に乗った男達はしつこく絡んでいる。
「お前もうすぐ二歳になるんだろ?ちょっとくらい喋ってみろよ」
「俺そういえばこいつの声聞いたことないな」
「こういうガキって妙に泣かせてみたくなるよな〜」
一人の男がコーシの頬をつねってやろうとふざけて手を伸ばす。
コーシは伸びてきた手を目一杯退けると、じろりとにらみ上げた。
「ざけんなっ」
愛らしい赤い唇が動き、これまた愛らしい声が鋭く言葉を発した。
周りの男達はもちろん、サキまで固まってコーシを凝視した。
「ちょっ…コー!?今のお前か!?」
「コーシ!!お前喋れるのか!?」
「いや、だってまだ一回も喋ってないって…!」
「生まれて初めて喋ったのが、まさか今のセリフか!?」
コーシは騒ぎ出した大人達をうるさそうに見やると、すたすたと一人日陰に潜り自主休憩をとった。
サキは苦笑しながらコーシを見やると腕を組んだ。
「参ったな…M-Aに言ったらまた俺の育て方について二時間は説教食らうぜっ」
男達は唸りながらコーシを見ていた。
「流石はサキさんの連れ…。二歳児でもあなどれんな」
「ただのガキだと思って油断してると、そのうちとんでもない化け方するかもしれないぜ?」
神妙に頷く強面の男達の図は滑稽だったが、兎にも角にもコーシは自らの実力?で見事一目置かれるようになった。
サキは一人、また一人と日に日に知り合いの幅を広げた。
普段の彼は実に気さくで話題も豊富。
何より相手の呼吸を捉え、心を許させるのが抜群に上手かった。
もちろん突っかかってくる者もいたが、武器を手にしなくてもサキは十分強い。
そんな時は存分に拳で分かりあってきた。
次第にバラバラだったカヲル一派は、サキを中心にまとまり始めた。
サキが西区に現れてから一ヶ月。
その日もいつものようにコーシを肩に乗せて顔を出した。
「よぉ。今日は適当にさ…」
言いかけてすぐ目の前の白い頭に目がいった。
「ちょっと、顔かしてもらおうか」
小太刀を引き抜きシビアな顔でサキを睨み上げると、カヲルは建物の奥にある錆びた部屋を顎でしゃくった。
サキはやれやれとコーシを抱え直すと、黙ってカヲルの後について部屋の奥へ消えていった。