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Saki & Koshi  作者: ゆいき
赤子連れの統括者
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西区

それから二ヶ月間、サキとM-Aは毎晩酒場で情報収集をしていた。


深夜を過ぎてサキが帰って来ると、サナが奥の部屋から顔を出した。


「おかえりなさい」


サキは何時に戻っても律儀に迎え出るサナに苦笑した。


「ただいま。別に起きてこなくてもいいんだぜサナ。明日も仕事だろ?」


サナは流石に寝ぼけ眼のままではあるが、いつものように微笑みを見せた。


「うん。でもコーちゃんのミルク作りに来たから、ただのついでだよ」


サキはサナの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「ありがとな。お前がいてくれて、ほんと助かる」


十歳の少女はほんのり頬を染めると撫でられた頭に手を置いた。

こんなふうにお礼を言われたのは初めてだったのだろう。

戸惑いながらも嬉しそうな顔を見せた。


サキがシャワーで汗を流していると、昔から愛用している石鹸ボトルの隣に小さな手作りの固形石鹸を見つけた。


「あれ?こんなのあったっけ?」


摘み上げるとだいぶ使い込まれた形跡がある。


「サナか…遠慮せずに俺のやつ何でも使っていいっつったのになぁ」


小さく呟くと、サキはさっさと体を拭ってシャワールームを出た。

流し台ではまだサナがミルク作りをしていた。


「サナ。シャワールームの石鹸、お前が作ったのか?」


サキは水を取り出そうと手を伸ばしたが、それより先にサナが適度に冷えた水が入ったコップを差し出した。


「うん。元手がかからないし、コーちゃんもまだ小さいからあの石鹸の方がいいんだよ」

「サナ」


水を受け取るとサキはサナを覗き込んだ。


「そんなに気を使わなくていいんだぜ?もっと楽にしろよ。追い出したりしねーから」


サナは瞬きすると瞳を揺らした。


「うん…。もう癖かな」


笑って見せるも落ち着かない様子だ。

サキはサナを上から下まで見つめた。


「な、なに?」


サナは一歩後ずさるとくるりと背を向けた。


「コーちゃんにミルクあげないと…。おやすみなさい」


急いで去ろうとするサナの腕を、サキはできるだけ優しく掴んだ。


「痛っ…」

「これは、どうしたんだ?」


掴んだ腕の袖口を少し上げると、青黒く変色した痣が見えた。

サナは急いで首を振った。


「こっ、転んだの。ちょっと変な所で打っちゃって…。じゃあ、明日も早いから」


サキの手を振り切って、サナはぱたぱたと部屋の奥へ消えた。

サキは顎に手を添えながらしばらく考え込んでいたが、煙草を手に取ると反対側の部屋に戻って行った。


翌日、サナが仕事に出るとサキはコーシを連れて西区をぶらぶら歩いた。


「…スラム街をあのザリガニが取り仕切ってると思ってたが、東区だけはがっちりグランが守ってる感じか。南区はザリガニの拠点だし、やっぱ狙うは西区だな」


西区には数十人から多くても百人程度のグループがそれぞれバラバラに存在しており、これといって目立ったボスはいない。


「さて、どう切り込むかね」


あれこれ考え込んでいると、退屈になったコーシが頬を引っ張ってきた。


「いてて、なんだよコー。歩くか?」


下に降ろすとコーシは無表情のままてくてくと歩き出した。


「おい、何処へ行くんだよ?」


サキが声をかけても振り返りもしない。


「お前、一言くらいそろそろ喋れよなぁ」


仕方がないのでコーシに付き合ってぶらぶら歩いていると、見覚えのある顔がちらほらと視界に入った。


「あれ、サキさーん。こんなとこうろつくなんて珍しいっすね」

「やっと俺らとつるむ気になったすか?」


わらわらと寄って来たのは、酒場で常連の男達だった。

年若いサキに対してこんな喋り方をするのは、カヲルと対峙した時のやりとりを目の当たりにしたからだ。


サキは密集した廃墟だらけの西区を見回した。

この西区はシェルターに始めて人が降りた時にはそれなりの街であったと言われている。

だが何かの災害にでもあったのか、捨てられた街は現在はただの風化した瓦礫と黄土色の乾いた土、壊れかけた建物しかない。


「なんだ、この辺りがカヲルのテリトリーかよ。あいつは?」


男達はごつい肩をすくめると首を振った。


「カヲルはいつも何処かへ行ってる。俺たちのボスになろうが、あいつは特に俺たちに興味はないのさ」

「あいつが何を考えてるのか、俺たちにはさっぱりだぜ」


サキはうろうろするコーシの襟首を掴むと、ボールのように放り上げて右腕一つでキャッチした。


「そっか…」


にやりと笑うと男達を一通り見回す。


「決めた。俺この一派乗っ取るわ」

「えぇええ!?」

「簡単に言うけど、ざっと数えただけでも百人弱はいるぜ?大体流石にカヲルも黙っちゃいないすよ!!」


コーシを抱え直すと、サキは不敵に笑った。


「それも狙いさ。まさに一石二鳥。てわけでこれから毎日昼に通いに来るわ」


男達は不可解な発言に眉を寄せたまま、子連れで去って行く不思議な青年の背中を見送った。

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