コーシの力
「なーにが望むところだよ。お前なんのカスタマイズもできねーのかよ!!」
「うん。シアンブルーに教えてもらおうと思って」
コーシは真剣に頷くと目の前のバイクを撫でた。
「…でもダメだな。これ、部品が…下手したらフレームの鉄も不純物が多い。こんなに混じり気が多かったらパワーを上げてもすぐにガタがきちゃいそうだね」
シアンブルーはまじまじと小さな相棒を見つめた。
「お前、そんなこと分かるのか?確かにこれは混ざり物だが…」
コーシはレンチでかんかんと鉄部分を軽く叩いた。
「せめてここが強かったらなぁ。あ、でもどこかでエンジン自体パワーのあるものにしないと意味ないか」
一人ぶつぶつと呟きながら、得意のレンチであっという間にエンジン部を露出させる。
「うーん、やっぱり俺じゃ詳しく分かんないや。別の方法で何とか改良したいな」
シアンブルーはコーシのすることに一々驚いていた。
「お前…確かにただのガキじゃないな。
今のどうやってそんなに早く開いたんだ?」
「パワーレンチのこと?これ結構すごいんだ」
二人の間に確執があったのはほんの最初だけだった。
蓋を開ければ機械いじりが好き者同士、かなり話が盛り上がった。
シアンブルーは大声で笑いながら会話を楽しんでいたが、話がひと段落すると急に真顔になってコーシを見つめた。
「おいコーシ、だっけな。お前ここから逃げろ」
コーシは驚いて顔を上げた。
シアンブルーは頭をがしがしかくと決まり悪そうに少年を見た。
「お前は、中々いい奴だ。ここのリーダーは正直言って恐ろしい。皆をよくまとめてはいるがはっきり言ってそのやり方は過激だ。
お前が約束の時間までにリーダーを納得させる成果をあげなければ、今度は本気でボロボロにされるぞ…」
コーシは黙って歳上の友を見上げた。
瞬きもせずじっと見つめていたかと思うと、その幼い顔をほころばせた。
「ありがとうシアンブルー。こんな所で君みたいな人がいてよかったよ」
コーシはレンチをくるりと回して持ち直すと、ゆっくりと立ち上がった。
「でも心配しないでよ。俺は絶対アークルを唸らせて見せるから」
不敵に笑うコーシを見て、青年は目をぱちぱちさせた。
「お前、何をする気だ?」
「まぁ遊びっちゃあ遊びかな。だって俺アークルにエンジンを何とかしろって言われたわけじゃないしね」
言うが早いかコーシは集めたパーツと鉄くずを手に取ると、簡易溶接機をポーチから引き抜いた。
「今から集中するから、シアンブルーはあっちで適当に機械いじりでもしててよ」
青年は何か言いたそうにコーシを覗き込んでいたが、頑として引きそうにないその小さな背中を見つめると諦めて首を引っ込めた。
コーシは別に自信があったわけではない。
ただ自分の力を見せもしないで尻尾を巻いて逃げる気はなかった。
シアンブルーと打ち解けたことですっかり硬さも取れた。
いい具合に集中しあれこれと忙しく手を動かしていると、あっと言う間に人工太陽は光を失い始めた。
アークルは結局夜中過ぎに姿を現した。
両隣には彼を取り巻く青年も何人かついてきている。
「時間だコーシ。どうなったか見せて…」
言い終わる前にバイクを見たアークルはその場で黙り込んだ。
「な、なんだこりゃあ!?」
叫んだのは取り巻きの方だ。
コーシは手を止めるといたずらっぽく笑った。
「遅かったねアークル。時間があったから思いつく限り色々な物つけちゃったよ」
コーシが撫でるバイクは、初めの頃より二倍ほど大きくなっていた。
いやその見た目のごつさは既にバイクではなくもはや小さな戦車のようだ。
アークルは唖然とするとコーシを見た。
「俺は出力とバランスをなんとかしろと言ったはずだ」
コーシはお手製のブースターが付いたバイクの底をさすりながら頷いた。
「エンジン自体の強化は強度的に不可能だったからここにブースターをつけてある。
瞬発的になら一気に加速がかけられるよ。それから…」
バイクの前に回り込むとハンドルからタイヤの繋ぎ目辺りを指差した。
「ここが安定しないからハンドルが取られる。鉄クズを溶かし込んでコーティングし直したんだけど、やっぱ見た目がかっこ悪いだろ?で、こうしてこのパーツで囲って、ここを、溶接っと」
コーシの説明に、皆が呆気に取られた。
小さな少年は尚も生き生きと説明をすると、今度は側面に回った。
「最後は座席だよ。アークルたちは二人乗りもしてただろ?このままじゃ乗りにくいから座席を交換したんだ。
それから、後部座席の人が立ち上がっても大丈夫なようにここに足をかけるところがある。その辺りも安定させるために囲ったら、こうなっちゃった」
取り巻きの一人がバイクもどきを指差して叫んだ。
「なんで全部迷彩で囲ってんだよ迷彩で!」
「え?ダメかな?たまたまあったからだけど。でもめちゃくちゃかっこいいじゃないか」
アークルは無言でそれに跨るとエンジンをかけた。
「り、リーダー…そんなもんに乗ったら危ないですよ!!」
「そうっすよっ!!途中でバラバラになるに決まってる!!」
アークルは聞く耳持たずに外へ向けて走り出した。
しばらく走らせると、遠目にもブースターを発動させたとわかる爆音が響き渡る。
バイクは瞬間的にものすごい加速をかけた。
アークルはバイク置き場まで戻ってくるとさっさとバイクを降りてコーシの前に立った。
「お前、ふざけてるのか?」
コーシは腹に力を込めると精一杯アークルを見上げた。
「あいにく、本気さ。乗り心地はどうだった?」
表情を変えないアークルに、影から見ていたシアンブルーはハラハラしながら見守っていた。
取り巻きが思わず固唾を飲むくらい沈黙した後、アークルは口の端を釣り上げた。
「なかなかの発想の転換だった。少し飾り立て過ぎている嫌いはあったが、以前より確実に乗りやすくはなった」
部屋にざわめきが起こる。
たった二日でアークルに認められた奴は、今まで一人たりともいない。
コーシは満足そうに頷くと右拳を突き出した。
こういう時、いつもサキなら拳をぶつけ返してくれるのだが、アークルは疑惑的な顔で見つめ返してくるだけだった。
コーシは慌てて拳を下ろすと、強気な瞳を向けた。
「俺、約束は守ったぞ?ミツギモノには戻らない!!」
「…」
「俺はもっともっと色々な機械いじりがしたい。ここでシアンブルーといてもいいかな」
アークルは琥珀色の瞳を冷たく細めていたが、やがてはっきりと頷いた。
「いいだろう。お前にもまだまだ役に立つことはありそうだ」
それだけ言うと、リーダーは呆然と立ち尽くす取り巻きを置いてさっさとバイク置き場を出て行った。
こうして自らの身の置き場所を確保したコーシは、少しずつこの荒々しい集団の中に溶け込んでいった。




