酒場の騒ぎ
思っていた以上の酒場の汚さに、サキは辟易した。
「よくこんな所で飯食う気になるな」
ぶつくさと文句を言いながらもきつい酒を傾ける。
M-Aは頬杖をつきながら呆れてサキを見た。
「お前体は大きくてもまだ十五やろ?久々の酒に浮かれるんはええけど吐くなよ?」
「俺がそんなへまするか」
二人が軽口をたたきあっていると、後ろから人が近付く気配がした。
「おう!M-Aじゃねーか。今日も汚ねーなりしてやがんな」
「お前そろそろこっちにこいよ!歓迎してやるから」
がたいのいい男達が次々と声をかける。
そして決まったようにサキに気付くと、値踏みするように上から下まで眺めてきた。
「ふーん、こいつがサキ、か。思ってたよりだいぶガキだな」
「M-A、冗談はよしてくれよ。こいつがお前のボスだって?」
サキは目を見張るとM-Aを睨みつけた。
「お前…何触れ回ってんだよ…」
M-Aは酒を傾けながら豪快に笑った。
「いや、こいつらが自分の一派に来いって言うからさ。俺にはもう一生を誓ったボスがおるから無理やて言うてやったんや」
サキは盛大にむせると、胸を叩きながら嫌そうに眉を寄せた。
「おまっ…。嫌がらせしてんじゃねーよっ」
素知らぬ顔で最後の一滴を飲み干すと、M-Aはふと真顔で言った。
「まぁ、半分は冗談やけどな」
「……」
サキは言葉に詰まると無理やり喉に焼けるような酒を流し込んだ。
男たちが去ると、その向こうにふわりと白い頭が動いたのが見えた。
「サキっ。おったで。あいついつの間に店入ってきたんや?」
M-Aは声を潜めたが、サキは視線一つ動かさずに落ち着いた声で言った。
「分かってる。二分ほど前に東扉から一人で入ってきた」
静かに笑みを見せながら、酒の杯を長い指で弄ぶ。
「あっちもこちらが気になるようだぜ?さて、仕掛けるべきか仕掛けさせるべきか…」
その冷静さに、M-Aは一つ身震いした。
二分前といえばサキはまだ平然と自分や男たちと喋っていたはずなのに、すでにカヲルに気付いて別のことを考えていたことになる。
勘の鋭さ、視野の広さ、常に何歩も先を読んでいる思慮の深さ…。
この時折見せる常人とは何かが違うサキの資質には、いつも寒さを覚える。
「…やっぱり、俺が生涯付き合ってもええと思うのは、後にも先にもこいつだけやろな…」
「…あ?何か言ったか?」
「別に」
M-Aは乱暴に頭をかくと、灰皿に置きっ放してすっかり小さくなっていた煙草の火を揉み消した。
突然斜め隣でテーブルを叩き割ったかのような音が響く。
「冗談じゃないぜ!?お前俺をバカにしてんのか!?」
しゃがれた大声が店の空気を痺れさせた。
途端に立ち上がった数人の男たちが暴れ始める。
サキは舌打ちすると目立たないように席を立った。
「乱闘になるな。M-A、今日は諦めて出直そう」
M-Aも黙って席を立ったが、その時店中に甲高い少年の声が大きく響いた。
「やめろ!!ここが派閥争いが禁止なのは暗黙の了解だろう!!」
歩み出たのは、あの雪のような髪の少年だった。
頭に血の登った男たちは少年を見ると少したじろいだが、すぐに挑発的に笑って見せた。
「口出しするなよカヲル。たとえお前が俺たちのボスの座を奪い取ったからといって、大人しく皆が皆従うと思うか」
少年は予想通りの返事にむしろ壮絶な笑みを刻んだ。
「分かった。スラムの掟だ。逆らった者としてお前を今すぐ私刑にかけてあげるよ」
すらりと刃先の長い小太刀を引き抜くと、カヲルは自分より倍ほど大きい男の群れに飛び込んでいった。