帰ってきたコーシ
アオイとの落ち合いの場所へ来ると、サキは煙草を取り出した。
相変わらず指定される場所は人の気配がなく、どうやって見つけるのか不思議なくらい絶好の穴場だ。
「しゃきーー!!」
遠くから耳に馴染んだ幼い声が聞こえると、サキは煙草をしまい直して立ち上がった。
相変わらず元気にちょこまかと走って来るのを見ると、先日までの争いが夢のように思える。
一番乗りでサキに到達したコーシは思い切り飛び込んできた。
「しゃき!!げんきー!!」
「あぁ。お前も元気そうだな」
抱き上げるとコーシは嬉しそうに笑った。
「しゃき、あのね、しゃな、かあいい」
言葉も表情も増えたコーシの頭を撫でると、サキは目を見張って見せた。
「お前だいぶお喋りできるようになったな。サナに色々教えてもらったのか?」
「あいっ!!」
元気に手を挙げると、コーシは後ろを振り返った。
サキもそっちに視線を戻すと、ちょうどアオイとサナが目の前まで到着した。
「サキ…」
サナは複雑な顔でサキを見上げた。
サキはコーシを降ろすとサナをそっと抱き寄せた。
「…サナ、帰れなんて言って悪かった」
サナは首を振るとそっとサキの背中に手を回す。
「サキ、色々ありがとう…」
サナを離すとサキは少しだけ顔をしかめた。
「アオイと、行くんだな」
サナははっきりと頷くと、いつものように柔らかい微笑みを浮かべた。
それは以前と変わらないのに、今のサナからはどことなしか輝きが増したように見える。
サキはサナの額に軽くキスをした。
「泣かされたら、いつでも帰って来いよ」
「お生憎様、泣かせるくらいなら初めから持って帰らないよ」
間に入ったのはもちろんアオイだ。
サナを後ろから引き寄せると包み込むように抱きしめる。
「今日からたっぷり時間をかけて自分の女に磨き上げるんだ。いらない心配はしないで欲しいな」
「肉食シャチが舌なめずりしながらペンギンの子どもを頬ずりしてれば心配もするだろ」
「さ、サキ…っ。アオイ!」
サナが赤くなりながら止めに入る。
コーシはきょとんとして皆を見上げていた。
サキはコーシを抱え上げると、二人に向き直った。
「コー、サナにバイバイだぞ。ちゃんとできるか?」
ずっと一緒にいたのだ。
さぞやぐずるだろうと思いきや、コーシは元気に手を振った。
「しゃなー!!あくそくー!!」
サナは小指を出すとコーシに微笑んだ。
「そうだね。約束だね」
サキは不思議そうに二人を見た。
「何を約束したんだ?」
「しゃき、めーっ」
コーシはしーっとサナに合図を送る。
サナは笑いながら同じ合図を返した。
どうやら二人だけの秘密らしい。
「たまにはコーに会いに来てくれよ。アオイの言いつけなんて守らなくてもいいからな」
「サナにそんなバカな真似はさせないよ。
会いたいなら、君が足を運ぶんだね」
アオイは一枚の紙を取り出すとサキに手渡した。
そこには市街の住所が記されている。
サキは驚いて顔を上げた。
「いいのかよ?お前が居場所を教えるなんて、明日は槍でも降るんじゃないか!?」
「サナのためだからね。言っておくけど、たとえM-Aにだってそこを教えるようなことはしないでよね」
サキは呆れて抱っこしたコーシごと腕を組んだ。
「俺がそんなことするとか、まだ思ってるわけか」
「まぁ思ってないから教えたんだけどね」
アオイはオレンジの髪をかきあげると表情を引き締めた。
「僕はこれから一般市街を洗い直す。どこかにザリーガとの繋がりがありそうなんだ。
もちろんバリィの行方も探すけどね」
サキも目を光らせるとひとつ頷いた。
「俺はスラムの基盤創りにしばらく奔走することになると思う。南にまた動きが出たら即知らせる」
二人は呼吸を合わせたように頷くと、それぞれ守るべき者を腕に抱えた。
「じゃあ、またいつか」
アオイは微笑みを一つ残して背を向けた。
サキとコーシは二人の背中が小さくなるまで見送り続ける。
やがて完全に見えなくなると、サキはコーシに視線を落とした。
「コー、これからは俺と一緒にあちこち行くことになる。お前にとったら厳しい武者修行みたいなるけど、頑張れるか?」
コーシはサキを真剣に見上げると小さな小指を出した。
「コー、しゃな、まもる」
辿々しく言葉を繋ぐと、コーシはこくこくと頷いた。
どうやら強くなってサナを守る約束でもしたらしい。
コーシはコーシなりに、目の前でサナが痛めつけられるのを見てショックを受けたのだ。
その瞳は子どもとは思えないくらい切羽詰まったものだった。
サキは何かを感じ取ると、コーシの頭をもう一度撫でた。
「そうだな、お前は男だもんな」
コーシを降ろすと、サキはすたすたと歩き出した。
「ほらコー、置いてくぞ。言っておくが俺は結構厳しいぞ」
コーシは元気に後ろをついて来ると両手を挙げた。
「あい!!」
サキは楽しげに目を細めると、忙しくなる日常に向けて歩き始めた。
前編、これで終了となります。
な…長くなって申し訳ないです。
後編はコーちゃんやっと動き出します。