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Saki & Koshi  作者: ゆいき
赤子連れの統括者
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争いの後

東区に戻るとグランは一番近い大きな建物に皆を誘導した。


「水と布、それから食料を大量に運ばせろ。女たちにも協力を仰げ。重症者には早急に中央区に運ぶ手配を済ませろ」


低い声で告げると、グランは一番奥の部屋に姿を消した。


演説会場のような広い部屋は、一瞬で病院と化した。

次から次へと辿り着くけが人と、物資を運ぶ者があちこちで溢れかえっていた。


M-Aは比較的人の少ない階段裏に入ると、抱え込んでいたカヲルを降ろしすぐに右足のズボンを破いた。


「ほら見てみぃ!!なんかの破片が刺さったままやないか!!」


とりあえず適当な布で右足を巻き直したが、よく見ればカヲルの腹部からもじわじわと血が滲んでいる。


「お前…腹もやられとるんか!?ちょっと待っとれ!!水をもらってくる」


物資が届き始めた所へ走ると、大量の水と布を横からかっさらい急いで戻る。

人混みを掻き分けていると、カヲルの隣に二、三人の男達が取り囲んでいるのが見えた。


「カヲルさん怪我してるじゃないですか!!」

「早く手当てをしないと…!!」


コーシを通じてカヲルと交流ができた西区の者のようだ。

カヲルを抱き起こすと、その服を剥ぎ取ろうとしている。


「おぉおまえらちょっと待たんかぁー!!」


M-Aは水を撒き散らしながら猛ダッシュで突っ込んで来た。

男達は目を丸くすると怒涛のごとく走り込んで来たM-Aを見た。


「ど、どうしたんすかM-Aさん?」

「なんでもええからその手を離さんかい!!」


カヲルを受け取るとM-Aは片手で抱え上げ、もう片手で持てるだけ水と布を持った。

そのまま誰もいない部屋を探すとそこでそっとカヲルを降ろす。


出血で顔色が悪いカヲルは力なく笑うとM-Aを見上げた。


「僕に構うな。お前は忙しいだろ?」

「アホか。俺意外に誰がお前の手当てできんねんっ。黙っとれ」


慎重に服を剥ぎ取ると、綺麗な水を何回もかけ傷を調べる。


「よし、腹は大したことないな。浅く切れとるだけや。じっとしとればすぐに塞がる。問題はやっぱりこっちか」


荒く巻いた布を外せばその太ももから膝裏にかけて、幾つものガラスのような破片がえぐりこんでいるのが見える。

しかもそのすぐそばでは鉛まで食い込んでいた。


カヲルは最前線にいたのだ。

流れ弾に当たっていても不思議ではない。

M-Aはすぐに決断すると小さなナイフを取り出した。

火を取り出すとそれを丹念に炙る。


「このまま肉が塞がったら取り返しがつかんことになる。ちょっと痛むぞ、辛抱しろ」


M-Aはカヲルの足が動かないように力を込めて固定すると、その傷口にナイフを入れた。


「…っんん…っ!!」


カヲルは声を咬み殺すと逞しい肩にしがみついた。

M-Aはカヲルの傷口をえぐりながら玉のような汗を流している。


「もうちょっとや。全部出したるから頑張れ。耐えれんのやったら俺の肩にでも噛み付いとれ!!」


全神経を集中させて異物を取り払う。

最後に鉛が血と共に滑り落ちると、すぐに水をかけて布できつく縛り上げた。


「う…んっ…」


カヲルは最後まで声を上げたりはしなかった。

噛み締めた唇からは血が流れ、身体中は頭から水を掛けたように汗に濡れている。


「よし、ようがんばったな」


M-Aは残りの布を水に濡らすと固く絞る。

カヲルの少年のような体をくまなく拭くと、元のように服に腕を通させた。


「急いで間に入らんくても、この体なら女てばれんかったかも知れんな」


M-Aはやっと余裕を見せるとカヲルの唇を最後に手で拭った。

鶏がらをからかわれたカヲルはまだ言葉を出す元気はなかったが、軽くM-Aを睨んだ。


「ウソウソ。お前は意外とええ女になると思うで。その宝石みたいな目は結構、気に入ってる」


カヲルをもう一度抱え上げると、M-Aはふと真剣な顔で間近からその瞳を覗き込んだ。


「その歳でお前の体古傷だらけやないか。これなんの傷やねん?」


カヲルは力なく笑うと懐かしそうに目を細め、ゆっくりと声を落とした。


「僕の住んでいたうちの裏は暗い森だったんだ。よく狼が現れて…。昔から僕の相手は狼だったんだ。仲良くなったのも、いたけどね」


M-Aは軽く目を見張った。


「シェルターのどこに森なんかあるねん」

「このスラムとまるで反対側にはあるんだ。一般市街を抜けてさらに北だよ…」


話しながらまた少しずつカヲルの呼吸が上がる。


「ちゃんと手当てせんからこんなに傷が残るんや。今度怪我したらきっちり消毒して縛り上げとけ。今みたいに自分で出来んかったら、俺んとこへ来い」


カヲルの頭を引き寄せるとぽんぽんと軽く叩く。

カヲルは抵抗する力も湧かず、黙ってその胸に体を預けて目を閉じた。


サキは皆を誘導しながら走り回った。


「夜が来るまでにかけ布を大量に確保することを優先しろ!食料よりまずは水だ!そこは軽傷者の寝床にする。必要に応じてすぐにどこでも手伝えるようにしておいてくれ」


てきぱきと指示を飛ばすと西も東も関係なく動かす。

東の者も、戸惑いや躊躇いもなくサキに従っている。

傷付いた者達は、今一体感を伴い夜を明かす為の準備を整えていた。


「ザリーガはどうするのさサキ」


後ろから声をかけられてサキは振り返った。


「アオイ。もう着替えたのか?なかなか男臭いのも似合ってたのに」


話し方も穏やかな顔も、すっかりいつも通りに戻っている。


「あれはもうやらないよ。やっぱり僕の性には合わないからね。で?ザリーガは追わないのか?」


シビアな視線を受け止めながら、サキは憮然として見つめ返した。


「一応何人かに追わせてはいる。夜が明けたら、俺も一応足取りは追う。

だがたぶんもう南区に逃げ込んでいるだろうがな」

「…延長戦になるね」


お互いに立て直さないといけない部分は大きい。

しばらくは争いは起きないだろう。

サキはため息をつくと腰に手を掛けた。


「仕方ないさ。もともと今回の争いだけで決着がつくなんて思っていない。

何年かかるかわかんねーけど、俺は最後まで諦めないぜ」


その瞳は揺れることなく精彩を放ち光っている。

アオイはその答えを聞くと含み笑いをもらした。


「しょうがないな。最低限くらいには協力するよ」

「最大限に、よろしく頼むな」


サキはにやりと笑うと、ダークブラウンの瞳を見つめながらふてぶてしく言い放った。

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