表に出たアオイ
「指揮をとれだって?嫌だね」
アオイは手渡された紙を放り投げると憮然としながら壁に持たれかけた。
「僕はサキのように目立ちたがりやじゃないんだよ。M-Aに任せればいいだろ」
サキは床に落ちた紙を拾うとアオイの前の机に乗せた。
「M-Aは俺と行動する。カヲルにはこんなことさせられないからな。お前が適任なんだ」
アオイはため息をつくとサキの視線に対峙した。
「僕に期待しないでくれと言ったはずだ。
第一顔が広く知れたら今後の仕事に支障が出る。僕はやらないよ」
アオイの本職は隠密を常とする情報屋だ。表立って動く気は更々無かった。
何度か重ねられた作戦会議とは別に、一人呼び出されたアオイはただでさえ機嫌がよろしくない。
サキは腕を組むとどこか楽し気にアオイを見つめた。
「やらない、か。出来ないとは言わないのがお前らしいな」
「君の話術には乗らないよサキ。他を当たってくれ」
アオイは扉に足を向けるとすたすたと歩き出した。
サキは瞳を閉じると静かに口を開く。
「この戦いで拳銃二百丁を一気に発砲されれば流石に被弾者が大量に出る。お前が指揮を取ればそれがかなり防がれるんだ」
アオイは足を止めると少しだけ振り返った。
「…で?」
「その場で集められた銃を叩き伏せておかないとそのままゆくゆくは街へ流れる」
「どうせ半分以上は暴発して終わりさ」
「それでも街へ流れるのは免れないぞ」
二人は淡々と言い合った。
似たもの同士の二人だ。
相手をやり込めようとするだけ労力の無駄なことは分かり切っている。
アオイはサキの前までつかつかと戻ってくると音を立てて机に手を着いた。
「もしかして、街に銃が流れるとサナに危険が及ぶこともあると示唆してるのかな」
相変わらずにこやかに言うが、その目はちっとも笑っていない。
サキは気配が変わったアオイに目を見張ったが、急にわざとらしく拗ねたように唇を尖らせると子どものように言った。
「お前が逃げたこと、サナに言いつけてやる」
「えっ…」
あまりにも突拍子もないことを言われたアオイは喉から勝手に変な声が出た。
サキはなおも子どもっぽい顔をしたままアオイに詰め寄る。
「いいんだな?サナは俺のことを丸々信じてるぞ?」
「何をバカなことを言っているんだよサキ。僕がみすみす君にサナを会わせると思ってるのか?」
「言いつけてやる」
アオイは眉を思い切り寄せた。
高度な駆け引きにならいくらでも頭が回るのに、はっきり言ってこんな稚拙な脅しには、逆に咄嗟に反応出来なかった。
「サキ…君ともあろうものがこんなしょうもない脅しをするなんてがっかりだよ」
「言いつけて…」
「分かったよ!!やればいいんだろやれば!!今回だけだからなっ」
アオイは乱暴に机の上に置かれた紙をむしり取ると部屋を出て行った。
その日から数日後の今、アオイは瓦礫の上から眼下に広がる男たちを見ながらため息をついた。
「全く、くだらないやり方に乗ってしまったよ。これだから大事なものなんてつくると厄介なんだ…」
ひとり言をつぶやいていると後ろからララージュの大きな声が響いた。
「いたいたアオイ!!お前今までどこにいたんだよ!!って言うかなんだその格好」
振り返ったアオイはいつもと全く違っていた。
オレンジの髪はそのままだがサキがよくやるように肩で一つに束ねている。
前髪はかきあげられ、いつもは柔和な目元はくっきりときつく、猫のようにつりあげられている。
服装も荒くれ男のような雑然としたものを身に纏い、その姿はなんとも逞しく雄々しかった。
約束の時間、場所に立っていなければ、ララもアオイだとは気付かなかったかもしれない。
「ララ、俺が言いつけた物は揃っているか」
ララージュは目を白黒させながらも頷いた。
「あ、あぁ。とりあえず用意はさせてる。
時間がなかったから雑なもんだがな」
アオイは口元に笑みを刻むと瓦礫の山を振り返った。
「配置は万全だ。あとはタイミングを逃さなければ一瞬で勝敗が決まる。俺の合図を見逃さないようにだけ気を配れ」
声のトーンも話し方も、いつものアオイとまるで違う。
どちらかというと、その雰囲気はサキに似ていた。
「…分かった。しかし本当にこんなことがうまくいくのか?」
アオイと面識の薄いララはそこまで戸惑うことなく受け答えしている。
「うまくいくのか、じゃない。うまくやるんだ」
アオイが不敵に笑うと、ララの背中は自然と伸びた。
普段なら隠し通している獣のような気迫を、アオイは今存分に解放しながら戦闘態勢に入った。




