サナ
M-Aがカヲルを見つけるまで、サキはスラムをつぶさに観察して回った。
流石にスラムと呼ばれているだけあり、街は荒れてどこを見てもごみ溜めのようだ。
「しっかし噂通りひでーな。ザリガニは自分の南区以外はどうでもいいのかよ。何らかの金めぐりはあるようなのに、ちょっとくらい中央区の街も整備しろよな」
最近ようやく安定して歩き出したコーシが、抱っこから降りたがり暴れ始めた。
「おいコー。こんな汚ねー所裸足で歩いたら怪我するぜ。そろそろお前の靴とか服とかちゃんといるなー」
サキはコーシをなだめながら、今日はスラムを出て一般市街へ行くことに決めた。
メインロードまで続く舗装された道を大股で闊歩し、スラムに一番近い街アルファーナに意気揚々と乗り込んだ。
流石にここはきちんと街の設備も整い、人々も小綺麗な服で行き来している。
表情は皆穏やかで、スラムのようにギスギスしていない。
サキはスラム内では割と身なりをきちんとしている方だが、それでもやはりどこか浮いて見えた。
「んー。ちょうどいいから自分の身の回りも整えとくか」
あちこちの店に興味本位で立ち寄り、二時間もすれば両手に荷物が溢れていた。
「しまったー。調子に乗った。これじゃコーに…」
サキが言う前に、お腹をすかせたコーシがぎゃんぎゃん泣きだし始めた。
「ちょっ、コー待ってくれ!」
暴れ出したコーシに四苦八苦していると、後ろから声がかかった。
「…サキ…?」
荷物とコーシに苦戦しながらも振り返ると、みすぼらしい十歳くらいの少女が立っていた。
「あれ…サナ!?」
少女は笑顔になると頷いた。
「なんでこんな所にいるんだよ。お前もレイビー出たのか?」
サキはコーシをなんとか抱えながら少女に話しかける。
「すごいことになってるね。…おいで」
サナが手を伸ばすと、コーシはぴたりと暴れるのを止めてじっと見つめてきた。
「あれ?…変わった目をしているのね。パンは食べられる?」
持っていた袋からパンを出すと、空腹のコーシは手を伸ばしてきた。
サナは上手にコーシの脇にてをそえると、優しく抱き上げてあやした。
「へぇ、扱い上手いな。コーがこんなにすぐ他人んとこ行ったの初めてかも」
「レイビーにいるときはずっと子守してたから…」
自身もまだ子どもといって差し支えない少女なのに、サナはどこか大人びた顔でコーシを見つめていた。
「…そうか。お前アルファーナに出稼ぎに来てたのか」
「うん。でもだめね。レイビーもスラム扱いだから、最低賃金で雇われる上に扱いは犬よりひどいわ。今も…逃げ出して来ちゃった」
確かに少女を改めてみると、服はぼろぼろで足には靴さえ履いていない。
コーシに与えたパンは、なけなしの食料だったに違いない。
それでもサナはなんとか笑顔を作ると、早く次の仕事を見つけないとと穏やかに話した。
サキはサナとコーシを交互に見ると、一つ頷いて言った。
「ちょうどよかった。今行くとこないなら俺んとこに住まねえ?」
「…え?」
サナは目をしばたかせるとサキを見つめた。
「俺に外せない用ができると、今こいつ一人で家で留守番してんだけど、やっぱ出先でも気になっててさー。それ以外の日は出稼ぎに通ってくれてていいし」
サナは控えめに首を振るとうつむいた。
「サキにそんなこと面倒見てもらえれないよ…」
「面倒みるのはサナたぞ?こっちも助かるんだって」
サキは屈託無く笑うとウインクして見せた。サナは少し笑うと、軽く頭を下げた。
「ありがとう。正直…うれしい」
「じゃあまずそこの店も寄ってから帰ろうか。サナの身なりもちょっとは整えないとな」
「でも…」
「ついでついで」
レイビーにいた頃と変わらないサキに、サナはなんだか安心して微笑んだ。
そのままサナを連れて帰ると、M-Aは目を見張りはしたが、いつものように怒鳴りつけてはこなかった。
「…また怒るかと思ったのに、意外だ」
隣の部屋でコーシをあやすサナを見て、M-Aは頭をかいた。
「サナやからや。あいつならまぁお前を任しても大丈夫やろ。それ以外の女連れて来てたらどついてたわ。俺にとってもコーシを見ててもらえる奴がおるのはありがたい」
「任すのは俺じゃなくてコーシだろ?」
「お前も同じくらい問題児やわっ。滅多な奴じゃ側においとけん」
サキは不満げに眉を寄せたが、特に反論せずに肩をすくめた。
「で、カヲルはどうなんだよ?」
「それがな、明日酒場に来よるらしいで。お前も顔だせや」
「おぅ、行く行く。やっと身軽になったからな」
サキは少し笑うと、ちらりとだけ隣の部屋に視線を送った。