甘いコーヒー
「君は本当に馬鹿だねサキ。あんな様子のサナをレイビーに帰すなんてね」
サキは経緯を聞くと顔を曇らせた。
「悪いな。サナのやつ俺相手だと何も言おうとしないからな。助かったよ」
アオイは目を細めると首を振った。
「いや、訂正しよう。サキのことだ。
ある程度分かっていてわざわざ僕に見送るように声を掛けたんだね?君は本当に狡猾な奴だよ」
「まぁ、アオイなら何かあった時は助けてやってくれるかなと期待はしていた。
ただ嫁にもらって来るとは思わなかったけどな」
呆れた顔をすると、アオイを軽く睨んだ。
「泣かせるなよ?」
アオイは薄く笑うと肩をすくめた。
「サナの泣き顔はもう見飽きたんでね。
しばらくはあの魅力的な笑顔の方が見たいな。
心配しなくても四年かけてたっぷりいい女に磨き上げてあげるよ」
サキは違う意味で顔をしかめたが、アオイは楽しそうに笑っていた。
「コーは、引き取る。あいつ一人ならなんとかする」
難しい顔をしながら言ったが、アオイは首を傾げた。
「どうして?サナはとりあえずは僕のヒミツのシェルターに囲ってる。あの坊やもそのままいればいい。サナが退屈しなくて済む」
サキは目を丸くした。
「お前シェルターの中にシェルター作ってんのかよ」
「そうだよ。たっぷりお金も掛けてるし割と快適だよ。僕は職業的に常に身の回りのことは気をつけている。
危なくなったらかくれんぼ出来るところがないと生き延びられないじゃないか」
「その発想は…なかったわ」
サキは頭をかくと感心したように頷いた。
「こんなことなら初めからアオイに頼めばよかった」
「冗談。サナは僕のものになったから特別にシェルターに入れたんだ。ただ頼まれただけならその辺の宿泊施設に放り込んで何もしないよ?」
アオイは真面目に答えていたが、サキにはその差が今一分からない。
「サナはサナだろ?どう違うんだ?」
「全然違うよ」
サキは腕を組んで考えていたが、アオイの方が話題を切った。
「僕のノロケ話はもういいだろ?ついでにあの坊やも囲ってやるって言ってるんだし。
しばらくは二人で閉じ込めちゃうことになるけど、三ヶ月分の食料もあるしまぁ心配はないだろ。で、ザリーガのアジトはどうだったのさ」
サキはちらりとアオイを見ると深くため息をついた。
「…わかった。すまん世話になる。ザリーガ一味は…、やる気満々ってとこかな」
アオイは流しで甘いコーヒーを作りながら薄く笑った。
「へぇ…盛り上がってるんだ。早く始めてくれればいいのに」
「どうやら武器待ちらしいな。今カヲルが引き続き潜入しているから、大体の日がつかめたらこちらも仕掛ける準備をする。問題はグランの方だな…」
アオイが手渡したコーヒーを受け取ると、サキは一口飲んだ。
「…甘い…」
「考え事する時は糖分が必要だよサキ。で、グランディオンは何が問題なの」
コーヒーをもう一口飲むと、サキは低く唸った。
「グランに近付くことは一切出来ない。
グラン一派のガードも物凄く固いが、連中自身もボスの姿を見ることは殆どないそうだ。ただ、彼らは絶対的な信頼を持っている」
アオイは屋敷を攻略していた男たちを思い出した。
あれは確か東区の者だったはずだ。
「確かに、統制もとれた動きだったし彼らのボスが一声吠えると恐ろしい団体が出来上がりそうだね。M-Aは彼らに詳しいんじゃないの?」
「M-Aはそこんとこ突っ込んでは聞いていない。
あいつは距離感を測るのが抜群に上手い。
相手を警戒させるようなことはしないし、なんていうか、聞き上手なんだよ」
だから人が集まる。
彼は個人の魅力だけで揺るがない信頼関係を築き上げているのだ。
アオイはくすくすと笑うとコーヒーに口をつけた。
「やっぱりいいね彼。是非とも利用させて貰いたいんだけどなぁ」
「バカタレ。M-Aまでお前の毒牙にかけるんじゃねーよ。まぁかかる玉でもねーけどな。
とにかく、グランは何を考えてるのか分からんってのが率直な意見だな。だからザリーガに照準を合わせて動く」
サキはこの数ヶ月M-Aと水面下で準備を進めて来た。あとは土壇場でどう転ぶかは運次第だ。
「アオイは内戦がおっ始まったらどうするんだ?」
「とりあえずは君といるよ。バリィの情報をキャッチしたらすぐいなくなるから、期待はしないで欲しいな」
サキは一つ頷くとコーヒーを一気にあおった。
「やっぱり甘いぞこのコーヒー!!よしっ!!これで前方に集中できる。見てろよスラム!!お前を手中に入れてやるからなぁ!!」
勢い良く立ち上がると、サキは気合を入れて扉を出て行った。