糸口
三ヶ月も経つと、中央区にもだいぶ馴染んできた。
M-Aは昼は街をうろつき、夜は酒場でひたすらむさ苦しい知り合いを増やし続けた。
一方でサキが増やした知り合いは、実に意外な層の者たちだった。
「えっ、だってこいつまだなんも喋らねーぞ?」
「まぁ個人差はあるけど、一歳半近いなら何個か言葉が出てもおかしくないけどね」
サキの周りにわらわらと同じような子どもを抱えた女が集まっている。
十五歳の青年が可愛らしい男の赤ちゃんを抱えてスラムをうろつく姿は、だいぶ目立っていたらしい。
一人二人と声をかけてくるうちに、いつの間にか出かける度に囲まれるようになっていた。
サキは人当たりもいいし知識も豊富だ。
加えて目尻の下がった甘い顔つきは奥様方に大変気に入られていた。
いつものようにしばらく雑談していると、一人の少年がつかつかとサキに近寄った。
「お前、血の匂いがする」
真っ白な髪の側面をざっくり刈り上げ、アメジストのような瞳をした少年は、サキを睨み上げた。
「ここに近寄るなっ。帰れ」
「カヲル!!」
女たちは一斉に少年を批難した。
「あんた、なんてこと言うの!!」
「血の匂いがするのはあんたでしょ!?毎日荒くれた男達と喧嘩してまわって!!」
「謝りなさい!!」
カヲルは痛くも痒くもないとでもいうように鼻であしらうと、サキに挑発的に笑って見せた。
「子どもを抱くなら、血の匂いぐらいきっちり拭っておくんだな」
言うだけ言うと、少年はくるりと背中を見せ颯爽と去って行った。
「悪いねぇ。あのこいっつもあんなんで」
「元々よそ者な上に親もなく育ってきたからああなっちゃったのかしらね」
女たちは難しい顔で少年の噂をし始めたが、サキは聞いちゃいなかった。
面白そうに目を煌めかせると、顎に手を当てて少し考える。
「いい糸口…見つけたぜっ」
ずれ落ちたコーシを抱え直すと、ひとり楽しそうに少年の去った方を見ていた。
夜になると、M-Aの怒号が…最小音で暗い部屋に響いた。
「アホかおどれは!?この数日女どもと仲良うやってただけかいな!!俺がせっせと人脈を築いてるっちゅーのに何やっとんねん!!」
サキはコーシの寝かしつけをしながら、自分もあくびをした。
「だから、俺も人脈広げてたんだぜ?ああいう女は男が知らない情報も結構知ってるし…。あ、そうそう。お前カヲルって子知ってるか?」
M-Aは少し考えると頷いた。
「あぁ、あの白いウサギみたいなガキか。たまに酒場でも見かけるぜ。それがどーした?」
「あいつ、俺のところに寄るなり血の匂いがするとかほざきやがったんだ」
コーシがぐっすり寝付いたのを確認すると、サキは体を起こした。
「いい勘してやがる。ありゃ結構な修羅場くぐってるな」
「どういうことや?」
連れ立って暗くした部屋を出ると、リビングで二人は煙草を取り出した。
「ええんかサキ。禁煙中やろ?」
「るせーな。コーが寝た時だけは解禁なんだよ」
ゆっくりと煙をくゆると、サキは話の続きをした。
「血の匂いがするってのは例えだ。あいつは俺が人を殺せることを、見抜いたんだろ」
M-Aは押し黙ってただ煙草をふかす。
「俺は、確かに人を手にかけてるからな。…あいつにだって平気で…」
「サキ!!」
M-Aは厳しく遮ると、首を小さくふった。
「それはもういい。振り返るな。何のためにレイビーを出たと思っとるんや」
「……」
M-Aはわざとらしく足を組み替えると話を逸らした。
「で、そのカヲルをどないするつもりやねん。あいつああ見えてもかなり凶暴やで?前に酒場で絡んできたやつの指切り落としよったからな」
「へぇ…」
サキも頭を切り替えると思案顔になった。
「あいつさ、どこの一派にいる奴だ?」
M-Aはもう一度首を横にふった。
「わからん。あんな目立つんやったら酒場以外でも見かけたら分かるんやけどな。そんなに気になるんか?」
サキはもう一本煙草に手を伸ばしたが、隣の部屋からコーシのしゃっくりが聞こえたのでやめた。
「まぁ勘でしかないけど、あいつがスラム掌握の糸口だと思ったわけよ」
曖昧に笑うと席を立つ。
M-Aは煙草の箱をしまうとソファにごろりと横になった。
「勘か…。お前の勘ほど無視出来んもんはないわ。また見かけたら確保しといたるわ」
サキは薄く笑うとM-Aにブランケットを投げてよこした。
「指切り落とされるなよ?」
「誰に言うとんねんこのアホンダラ」
サキは口の悪い年上の親友と、楽しげに笑った。