思わぬ協力
男は屋敷に戻るとすぐにサナを地下に監禁した。
「誰かがお前を探しに来ても厄介だな」
ハサミを取り出すと、綺麗に結われていた髪を無造作に切り刻み始める。
「や、やめてっ…」
サナは力なく抵抗したが、それは男を楽しませるばかりだ。
「お前がお前だと分からないようにしてやるよ」
嗜虐的に笑うと、男はアオイが選んで着せた服にもハサミを入れた。
ボロボロになった服を剥ぎ取ると、シャツ一枚と下着だけの姿にする。
そして髪に炭を塗りたくり、少し肉付きが良くなった顔にも炭を擦り付けた。
「ほら、これでお前だとは分からないだろう?心配しなくても売り払う時にまた綺麗にしてやるからな。おっと、そうだ忘れていた」
男は棚から小瓶を取り出すと、もう動けないサナの顔を上に向けさせた。
「余計なことは、しばらくは喋れないようにしておかないとな」
無理やり口を開かれ、小瓶の中の液体を入れられる。
サナは焼けるような喉の痛みに身体中が悲鳴をあげた。
男はサナを床に捨てると楽しそうに笑い声をあげた。
「いいぞサナ!!なんて無様な姿なんだ。スラムの女にはそういう姿の方が似合ってるんだよ!!」
溜まっていた鬱憤を晴らすように笑い続けると、男は重い体を揺すりながら地下を出て行った。
サナは焼け付く喉を抑えながらも、目の前に転がっているただの布になった服を抱きしめた。
せっかく、アオイが魔法を掛けてくれたのに。
喉の痛みよりも、引き裂かれた幸せな夢に胸がどうしようもなく痛む。
サナは静かに止まらぬ涙を流し続けていた。
アオイはスラムに入ると、全情報網を駆使してサキの居場所を探し当てた。
拠点が西区にあることを掴むとすぐにそこへ足を運ぶ。
西区へ入ると道端にたむろしている男たちを捕まえ、率直に聞いて回った。
これはアオイにしては珍しく雑な行動だ。
「お前、サキに何の用やねん」
奥から出て来た男に、アオイは安堵して近付いた。
「やぁ、しばらくぶり。君の相棒を探しているんだ」
M-Aは目を見張ると大声を出した。
「おまっ…市街の情ほう…!!」
一気に距離を詰めたアオイがM-Aの目の前で物騒に笑って囁く。
「こんな所で暴露されるのは有難くないな。サキの小さなオヒメサマが危ないんだ。早く案内しろっ」
M-Aは怪訝そうに眉を潜めた。
「…サナのことか?」
サナのことはサキから聞いている。
アオイが頷くのを見ると、M-Aは腕を組んで考えた。
その横からちょこちょこと小さな影が歩み寄る。
「えーえー、だれ」
最近急に言葉が増えたコーシはアオイを見上げると首を傾げた。
「コーシ、ちょっとあっち行ってろ」
M-Aが声を掛けたが、コーシは聞く耳持たずにアオイを見上げ続ける。
「もしかして、君がサナのコーちゃんかな?」
アオイが聞くと、コーシは目を丸くした。
「しゃな、どこ?」
きょろきょろと辺りを見回すとアオイのズボンにしがみつく。
「しゃなは?」
不安そうなコーシの頭をひとなですると、アオイは優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。M-Aがなんとかしてくれるからね」
「勝手にぬかすなや」
M-Aは頭をばりばりかくと煙草を一つ取り出した。
「サキは、今手が離せん。しょうがないから俺が話聞くわ」
アオイは顔をしかめると首を振った。
「欲しいのは彼の一声で動く手勢だ。今夜、あの屋敷を焼きに行く」
物騒な話に、M-Aは思わず煙にむせた。
「なんやて?」
アオイは手短に経緯を話すと、柔和な顔を不快に歪めた。
「僕の不注意だったことは詫びる。だが今は時間がない。こうしてる間にもサナはあいつにめちゃくちゃにされているかもしれないからね」
本当ならすぐにでも襲撃したいところだったが、アオイ一人で乗り込んでもシラを切られるか下手すれば通報されて終いだ。
M-Aは煙草を捨てて踏みつけた。
「分かった。ちょっと待っとれ」
M-Aは西区のまとめ役を呼ぶと二、三話をしてコーシを預けた。
戻ってくるとアオイを顎でしゃくり、くるりと西に背を向ける。
「ほら、行くで。何もたもたしとんねん。屋敷焼きに行くんやろ?」
「サキの代わりに君が来るのかい?」
アオイは驚いてM-Aを見た。
M-Aはにやりと笑いながら腰に手を当てた。
「俺じゃ不満か?いるのは手勢なんだろ。市街の近くなら俺の一声でも三十はすぐ集まる。一つの屋敷焼くくらいなら十分やろ」
アオイは軽く目を見張るとM-Aをひたと見つめた。
「西区の男は君の言うことも聞くのか?」
「西やない。俺のツレにはくだらん境界線はないからな」
アオイは改めて目の前の男を見た。
何気無く言ってはいるが、M-Aの言うことが本当ならサキとM-Aを合わせてどれほどの勢力になるのか全くの未知数だ。
「君も、あなどれない男だねM-A」
M-Aは目を細めるとアオイを見返した。
「それはお互いさまやろが。早く段取り話さんかい」
アオイはやっと頷くと、M-Aと共に元来た道を急いで戻り始めた。