光から闇へ
サナは夢の様に幸せだった。
自分が動くとひらひらとスカートのレースは揺れるし、一歩踏み出すたびにリボンのついたベージュの靴が見える。
時々店のガラスに映る姿は華やかで、何よりアオイの隣に映るのがみすぼらしい自分ではないのが嬉しかった。
アオイはそんなサナの様子に苦笑しながらも、油断なく街を観察していた。
この数週間で大体の武器流通ルートは掴めてきた。
一見平和なこの街にも、見えない闇は蠢いている。
「それにしても妙だな…」
一人つぶやくと思案顔になる。
一般市街が落ち着いて以来、武器なんて物はシェルターを統括する護衛兵もしくは極秘にテロ集団に流れているのが主だった。
あとはよくても自衛用の音ばかり大きい威嚇用の銃もどきか、最近出始めたゴム弾の銃が民間にいくらか降りるくらいだ。
それなのに調べれば調べるほど、どうやらスラムに大量に流れ込んでいる気配がある。
「誰かが争いを焚きつけているのか…それともスラム自体が崩壊の危機か…」
いつものように一人考えを巡らせていると、サナが不安そうに覗き込んできた。
「アオイ…?」
すっかりサナのことを忘れていたアオイはため息をついた。
「悪いサナ、考え事してた」
「…邪魔してごめんなさい」
アオイが言う前に、サナは小さく謝ると一歩下がった。
そう、アオイは熟考中に邪魔をされるのが何より嫌いだ。
思わず漏れたため息から、サナは敏感に感じ取ったのだろう。
アオイは慎ましやかに下がったサナを見ると、苛つきより苦笑のほうが浮かんだ。
「いや、今のは僕が悪かった。サナと出かけているのに放っておくのは駄目だよな」
サナの手を引き前へ来るように促すと、アオイはいつもの笑顔を見せた。
「今日は市場も覗いてみよう。魚料理は得意かな」
サナは安心したように微笑んだ。
「大丈夫。アオイは焼くより煮付けのほうがいいかな」
「正解。甘めにしてくれたら嬉しいな」
サナは何度も頷くと頬を染めて歩き出した。
しばらくは何事もなくたわいない話をしながら並んで歩いたが、ふとアオイは視線を上げると険しい顔で一点を凝視した。
サナが視線を追うと、なんでもない小さな雑貨店におよそ似つかわしくない男が入って行くのが見える。
サナはそっとアオイの手を離した。
アオイは前方に集中していて、全くサナの方を見ずに言った。
「サナ、少しだけ待ってて」
「うん。気を付けて…」
サナの言葉が届き切らぬうちに、アオイは走り出してしまった。
残されたサナはアオイが雑貨店に入るのを見届けると、近くの店の壁にもたれた。
アオイがどんな仕事をしているのかは知らない。
だが出会いの時の事を思うと危ない仕事なのは明らかだ。
「アオイ…」
心配しながら雑貨店の方を覗き込む。
サナはこれ以上近付くことはしなかった。
なんとなく、それはアオイの邪魔をすることになりそうだと思ったからだ。
「サナ、サナか?」
反対側から声をかけられて振り返る。
「やっぱりサナじゃないか。この一週間探し回ったよ。しかしどうした、見違えたじゃないか」
優しく声を掛けながら近づいて来る男を見て、サナは恐怖に引きつった。
咄嗟にアオイの方へ走り出そうとしたが、先に腕をきつく捉えられた。
「…逃げるなよサナ。この一週間、お前を探すために街中に網を張り続けていたんだ」
サナを捕らえるとその男はたっぷりついた贅肉を揺らしながら笑った。
「俺の力を甘く見るなよ…逃げられると思っていたのか。この一週間、お前がどこで何を喋っているのか考えると生きた心地がしなかったぞ!!来いっ」
「いやっ!!アオイ!!」
無意識にアオイの名を呼ぶが、その口に布を突っ込まれ声を奪われる。
「騒ぐなよ。お前より先にあのチビを殺しに行ってもいいんだぞ」
サナの脳裏にコーシの顔がちらつく。
一気に体の力が奪われたかのように動けなくなった。
男は不気味に笑うとサナを担ぎ上げた。
「今すぐ始末しておきたいところだが、その身なりを見て気が変わったぞ。お前は帰って来れないくらい遠い街へ高値で売っぱらってやる」
大人しくなったサナを車に放り込むと、男はさっさとその場を去って行った。
雑貨店に男を追って入ったアオイは、店の奥を凝視していた。
見間違いでなければ、さっきのはスラムの武器商人のトップだ。
こんな所に現れることは今まで一度もないはずだ。
「やっぱり何かおかしい…何が始まる?」
隙なく店内を観察していたが、外から聞いたこともないサナの悲鳴が聞こえた。
名を呼ばれた気がしてアオイは反射的に店外へ出た。
目に飛び込んだのはサナが黒い車にほうり込まれている所だった。
「…っサナ!!」
アオイは考える前に走り出していた。
出来るだけ近付いて車の特徴と、ちらりと見えた運転席の男を確認する。
「あの男は…」
立ち止まると走り去る車をじっと見据えた。サナを連れて行ったのは、間違いなく金塊に目がくらんでいたあの豚野郎だ。
アオイのダークブラウンの瞳に壮絶な怒りが混じった。
よりによってあんな奴が好き放題にサナを扱うと思うだけで、嫌悪感が身体中を這った。
「しくじった…やっぱりサナは、あの檻から出すべきじゃなかったよ」
歪んだ笑みを浮かべると、アオイは踵を返し、足早に逆方向へ向かった。