荒れるコーシ
サナがいなくなってからのコーシは、手が付けられないくらい荒れた。
夜は夜泣きで寝ず、朝からウロウロと落ち着きがない。
ご飯は暴れながら食べるし、なんでもひっくり返す。
あげくにちっとも言うことを聞かなかった。
「こらコー!ちゃんと晩飯食ってからあそべよ」
「やっ!!」
反抗的に睨むと壊れた時計を引きずって部屋の隅でいじりだす。
今まで全く手がかからなかった分サキは辟易した。
「コー、来いよ」
「めーーっ」
サキの苛々は五日でピークに達した。
大体この五日間、M-Aに全て任せっきりで自分はちっとも何もできない。
他所に預けようとしても、コーシはそんなときに限ってサキにしがみついててこでも離れようとしない。
「コー」
サキが立ち上がると、コーシは持っていた時計を思い切り投げつけて来た。
そんなもの当たるサキではないが、流石に行き過ぎた行動にサキの目が座る。
「コーシ、ちょっと来い」
「あき、あちけーっ!!」
無謀にもコーシはサキに向かって手当たり次第物を投げ始めた。
パンと弾けたような音が部屋に響く。
サキはコーシに初めて手を上げていた。
もちろん加減はしたが、大の男も吹き飛ばす男の手だ。
コーシはたまらず吹っ飛んだ。
一瞬何が起きたかわからず呆然としていたが、すぐにぼろぼろと涙を流し出すと思い切り金切り声をあげた。
「しゃなぁーーーーー!!!!」
サキははっとして小さな頬を叩いた右手を見た。
コーシはこの五日間、一度もサナの名前を口にしなかった。
子どもなんてそんなもんかと思っていたが、ずっと我慢していたのだろう。
「コー…」
「あき、めーーーっ!!」
たまらず暴れるコーシを抱き上げる。
「悪い。そうだな。悪いのは俺だ…」
ぐしぐし泣くコーシをあやしていると、玄関からM-Aが慌てて入ってきた。
「サキ、なんの騒ぎやねん!!」
「悪い。俺がコーを吹っ飛ばした」
「…なんやて!?」
M-Aが手を伸ばすと、コーシはその手に噛みつこうとした。
「こ、コーシ!?どないしてん?お前そんなことする子やなかったやろ?」
「えーえー、やっ!!」
サキにしがみつくと精一杯睨みつけてくる。M-Aが、愕然としているとその後ろから声がした。
「随分荒れてるな」
サキはM-Aの後ろから出て来たカヲルを見ると驚きに目を見張った。
「おいM-A…勝手に連れてくるなよっ」
「お前が動けんのやからしょーがないやろ」
カヲルはコーシをじっと見つめると優しく笑いかけた。
「こんばんはコーシ。僕のこと覚えてるかな」
コーシはアメジストの瞳を見つめると、小さく頷いた。
「そうか。コーシはいいこだな」
カヲルが手を伸ばすと、コーシは少しためらったものの身を任せてきた。
カヲルに抱っこされたコーシはしばらくしがみついていると、またしくしく泣きはじめた。
「コーシ…」
M-Aが呆然とつぶやく。
「お前と俺の過ごした時間はなんやってん…」
カヲルは呆れながらM-Aを見た。
「くだらないこと言うなよ。コーシにだって…男の手ばかりじゃ満たされない時もあるだけだろ」
カヲルは自分の言葉に顔をしかめながらもコーシをあやした。
サキは冷やしたタオルを持ってくるとコーシの腫れた頬に当てる。
始めは身をよじって嫌がったが、慣れてくるとそのままうとうととし始めた。
サキはさっさと散らかった部屋を片付けると自嘲めいた笑みを浮かべた。
「この俺がたった二歳になったばっかのチビを殴っちまうなんてな。全く情けない」
「仕方ないさ。どんなに優しい母親だって手を上げてしまうことはあるというからな」
カヲルはコーシが寝付いてもしばらくあやし続けながら苦笑を浮かべた。
「随分もの慣れてるんやなカヲル。意外や」
「お前にだけは言われたくないぞM-A」
カヲルはコーシを寝床に降ろすとなんでもないように肩をすくめた。
「僕にだって一応十歳までは母も小さい弟もいただけさ」
「カヲル、おまえ今いくつやねん」
「…十四だけど」
「その割りには発育悪ないか?女は十二過ぎたらもっと丸みが出てきて…」
「M-Aやめとけ。カヲルが帰っちまうぞ」
サキが嗜めるとM-Aは鼻の頭をかいた。
「ま、確かにどーでもえぇ話やった。それよりサキ、朗報やぞ?武器商が意外と早く帰ってくるらしい」
サキは途端に顔が引き締まる。
「それは朗報だな。いつだ?」
カヲルは壁にもたれるとサキを見据えながら言った。
「来週の始めだ。すでにアポはとってある。僕の二つ上で、ララージュという男さ」
M-Aはカップにお湯を注ぐと二人にも差し出した。
「ララージュて…男かい。えらい可愛らしい名前やな」
カヲルはカップを受け取らずに薄く笑った。
「可愛らしいとは似てもにつかない男だよ。お前くらい大きさも筋肉もある」
M-Aは顔をしかめると小さくげっと漏らした。
サキは隣で眠るコーシの頭を撫でながら思案顔になった。
「なぁカヲル。こいつ、しばらく西区で見ててもらえないかな」
カヲルは驚いて首を振った。
「冗談だろ?僕は面倒見きれないよ」
「西区の男たちも今は暇してんだろ?俺もしばらく拠点は西区にする」
M-Aは不満気にカップを机に置いた。
「あいつらにコーシ任せていけるんかい!?」
「カヲルがいるなら大丈夫だ」
サキに視線を向けられて、カヲルは眉を寄せた。
「随分信頼されてるみたいだね。僕が何かしたらどうするのさ」
サキはコーシの腫れた頬にタオルを当て直した。
「コーが懐いてるからさ。こいつはこう見えて人を見抜く天才だぜ?」
カヲルはもう一度肩をすくめるとコーシを見つめた。
「それでコーシが落ち着くなら構わないけど、責任は持てないからな」
「あぁ、何かあったら俺がすぐ帰る」
サキは一つ頷くと、来週に向けての段取りを夜がふけるまで話し合いはじめた。




