オレンジ髪のチンピラ男
金塊商人はどう見ても下っ端のチンピラな風貌だったので、小太りの男は怪訝な顔になった。
「お前が金塊商人か?随分年若いな」
チンピラはニヤニヤ笑うとどさりと勧められてもいない椅子に座った。
「旦那はちっと今体調崩してんだよ。今日だけ俺が代わりにあちこちで回っててさぁ。ったくめんどいったらないぜ」
見るからにやる気のないチンピラは大きな鞄を机に乗せた。
男は今すぐにこのふてぶてしいチンピラを追い出そうとずかずか近づいて来たが、机に開かれた鞄を見ると足を止めた。
中には目にも眩しい輝く金塊がひしめいている。
「あんた、見る目あるよな。これさぁ、今手に入れると十年後には五倍は価値が上がるらしいぜ?」
「五倍!?」
「そうそう、旦那が取引先と話してたもん。俺も元手があればぜってー買うのになぁ。やっぱ今時実物資産がいっちゃん確実だろ?」
悔しそうにチンピラが言うが、男はすでに金塊に目が眩んで耳にすら入っていない。
ずるい目を光らせると、この頭の悪いチンピラからいかに安くこのお宝を奪い取るか考えを巡らせていた。
「で、これ一山で幾らになるんだね?」
猫なで声で目を細める。
チンピラは頭をかくと指を五本開いた。
「五百万!?1キロでか!?高いっ!!」
男が贅肉を揺らしながら喚いた。
チンピラは男からひょいと金塊を奪い取ると高くかざして眺めた。
「そうさ。だから資産っていうんじゃないか。十年後には…これ一つで二千五百万か…」
鞄にさっさとなおすと、男をちらりと見やる。
「まぁ、確かに高いさ。皆足踏みするくらいにな」
チンピラは急に声を潜めると、男の耳元に近寄った。
「なぁあんた。あんたは先を見る力がある。それを見込んでいい情報やるよ」
男はぴくりと反応した。
「うちの旦那はガンマニアなんだ。すごい数をコレクションしてる。だが最新のはあの暴発弾以来パッタリ手に入らないだろ?何か旦那の気を引けるブツでもあればこんな金塊なんて半額で譲ってくれるぜ?」
男は眉をひそめると口を開こうとしたが、チンピラが先に手をかざしてそれを制した。
「分かってる。今時銃なんて持ってたら異様な目で見られるからな。おたくはそんなもんもちろんもってないよな。別にブツだけじゃなくていい。手に入れるルートなんかでもいいんだけどな。特に最新のゴム弾なんかあれば旦那飛び上がって踊りだすぜ?金塊一つくらいおまけして入れてくれんじゃないの?」
男は腕を組むと何かを考える顔になった。
チンピラは颯爽と立ち上がるとにやにやと男を見下ろした。
「これは俺が見込みがあると思った客には実はこっそり教えてるんだ。この先の付き合いを考えると俺可愛がってもらいたいじゃん?その気になったらここに連絡してよ。あ、先に他所で契約決まってたらそこは諦めてくれよな」
チンピラが部屋を出ようとした時、お茶を持ったサナと鉢合わせた。
「サナ!!今更お茶を出すなんて。お客様はもうお帰りだ。俺に恥をかかせやがって」
男は後ろからぎゃあぎゃあ怒鳴り散らしている。
「さな…?」
チンピラは目を見張るとサナを上から下まで見た。
ちらりと男を見ると、サナにしか聞こえない小さな声で囁いた。
「もしかしてサキを知ってるか」
サナは大きく目を開くと僅かに首を縦に振った。
チンピラはオレンジの髪をかきあげると苦い顔をした。
「…ったく、何やってるんだよあの男は」
「え…?」
「サナ!!!何やってる!お客様の邪魔だ!!」
男が肩を怒らせながらどすどすと近付いてくる。
チンピラは急に芝居がかった大声を上げた。
「やっぱりサナか!!随分探したぜ!?旦那も心配してたんだ」
大袈裟に手を広げるとサナを抱きしめる。
男は立ち止まると眉を寄せた。
「なんだ?サナはうちの使用人だ…」
「お前どうして病院から逃げたんだよ!警察だって調査に来てたのにお前がいないから迷惑かけちまったじゃないか!!」
警察という言葉に、男は口をつぐんだ。
チンピラは大いに嘆くと男に向き直った。
「こいつただの民間人なのに体にゴム弾を受けた痣があってさ。警察が本格的に調べようと動いていたんだ。なのに逃げ出すなんてなに考えてるんだよお前」
サナのおでこを軽くつつくとチンピラは男に頭を下げた。
「ここで拾ってもらってたんだな。よかったよかった。ゴム弾なんて悪どいよな。そんな所業知れたら即逮捕ものだぜ?どうもサナの前の奉公してた家の奴がやったらしい」
男は真っ青な顔になると脂汗を浮かべた。
「そっ、そうか…。そいつは、今朝迷い歩いてたところを、保護したんだ。それ以前のことは…知らない。そうだなサナ?」
男は睨み殺しそうな顔でサナを見た。サナは青い顔のままただ頷く。
チンピラは安心したように両手を広げた。
「本当助かったよ。警察がそっちに行くような煩わしいことはないと思うから安心してくれよ。じゃあ、連絡まってるぜ」
重い鞄をぽんと叩くと、チンピラはサナを抱えて扉をくぐった。
男は油を搾り取られたカエルのように、どす黒い顔で扉を見続けていた。