連れ去られたサナ
サナが仕事に行かなくなってから六日目の朝、サナとコーシはのんびりと外を散歩していた。
「明日はいよいよコーちゃんの誕生日だね。お昼から飾り付けして、ご飯はコーちゃんの大好きなもの沢山作るね」
「あい」
「ふふ。いい返事」
今日は足を伸ばして通りの賑やかな所を歩いていると、いろいろな人に声をかけられた。
「あれ、サキんとこの坊やじゃないか。あんた誰だい?」
「見ない顔だね。お嬢ちゃん、サキの知り合い?」
サキがコーシを連れてうろついていた時に仲良くなった女たちだ。
サナはいつもの穏やかな笑みを浮かべると頭を下げて挨拶した。
「こんにちは。サナといいます。少しの間だけサキのところでお世話になっています」
女たちは名を聞いてぎょっと眉を潜めた。
「サナだって…!?」
「十歳くらいの…ねぇやばいよ」
女たちがざわついたので、サナはきょとんとして見ていた。
「あんたっ。すぐに家に帰りな。ここ最近サナという十歳過ぎの少女を探し回ってる男がいるんだ。それってあんたのことじゃないかい?」
「市街の身なりだった。かなり血眼になって探していたよ」
サナは一瞬で青くなるとがたがたと震え出した。
女たちが歩けなくなったサナに手を貸そうとした時、後ろから甲高い男の声がした。
「サナ!!」
サナが振り返る前に、小太りの男は走り寄ると腕を掴み上げた。
「探したぞ!!勝手に仕事を辞められるとでも思っているのか!?契約違反だ!!来いっ!!」
「い、いやっ…」
恐怖にかすれる声で抵抗しようとしたが、ふと目を丸くしているコーシが視界に入った。
「コーちゃん…!すみません!誰かコーちゃんをお願いします!サキが帰って来るまで…お願いします!」
コーシは引きずられて行くサナを追いかけようと走り出したが、女の一人が抱きかかえて止めた。
「だめだっ!!あんたまで行くんじゃないよ!」
「めーーーっ!!しゃな!!」
暴れるコーシを押さえつけると、女は必死に抱きしめた。
「あたしたちじゃどうにも出来ないよ!」
周りにいるのは皆子連れの母ばかりだ。
迂闊に後も追えない。
「サキを探そう。みんなに連絡を取って!!」
「しゃな!!しゃーーな!!」
コーシは珍しく必死で泣き叫んでいる。
異様な事態を敏感に察したに違いない。
女たちは早くサキが見つかるように祈りながら、ひたすら暴れるコーシを抱きしめていた。
サナを自車に放り込むと、男は異様に光る目でハンドルを握り急発進させた。
「勝手に辞めやがって…スラム人のくせに…。お前が必ず通うと言うから住み込みを見送ってやったんだぞ!?おいサナ!!お前余計な事他所で喋ってないだろうな!?」
サナは震えたまま身を丸くしているのが精一杯だった。
「まぁ、おまえらのような虫けらが何を騒いでも真に受けられることはないだろうけどな。次勝手に消えたら生きて行けると思うなよ?お前と、さっきのガキも道連れで撃ち殺してやるっ」
車で市街まで向かう道中、贅肉のたっぷりついた男はサナを脅し続けた。
「さぁ、戻って来たぞ。今日からずっとここがお前の家だ。お帰りサナ」
男は車からサナを引き摺り出すと、無理やり門をくぐって行った。
「すぐにお仕置きから始めよう。今度はどこに、撃ってやろうか」
嗜虐的な笑みを浮かべながら楽しい思案をあれこれ浮かべていると、執事が声をかけてきた。
「旦那様。金塊の商人がお尋ねしております」
「何…!?ついに来たか。よしすぐ応接間に通せ!!サナ、先に仕事だ。すぐに着替えてもてなしをしろ」
男は言うだけ言うと、サナを捨ててうきうきと去って行った。
サナは逃げようとしたが、コーシの顔がちらつくと思いとどまった。
「コーちゃんだけは、守らないと…」
のろのろと立ち上がると、サナは言いつけ通りに動き出した。