情報屋
M-Aとサキは、約束の場所までたらたら歩いた。
「ええかサキ。情報屋ほど人柄が信用できん奴はない。奴らは金次第でどこへも転がりよる」
「まぁ、そうだろうな。それが生業だったらしょうがないだろうし」
「お前金は…まだあるんかい」
サキは暗い顔を見せると黙り込んだ。
レイビーを出る時に、サキはとある事情で大金を手にしている。
今の暮らしにそんなに困っていないのも、そのおかげだ。
「まぁ、まだ何年も生活に困らないくらいはあるさ」
あえて明るい声で言い、サキは沈みかけた気持ちを切り替えた。
ほぼ時間通りに人通りのないただの空き地に着くと、そこにはすでに人影があった。
「よぅ。情報屋ってのは意外と時間に几帳面なんだな」
サキがいつものように気さくに声を掛けると、先に来ていた男が不満気に振り返った。
「その評価はいただけないな。情報屋こそ信頼が第一だ」
はきはきと答えた青年は、とても胡散臭い情報屋には見えなかった。
背格好はすらりとしていて身なりもいい。
歳は二十歳前後でM-Aとほぼ変わらなさそうだ。
オレンジの髪を適度に整え、ダークブラウンの瞳は精悍に光っている。
「サキだ」
「アオイだ」
短く挨拶を済ますと互いに互いを観察した。
「そっちの連れは?」
「M-Aだ。俺の相棒さ」
サキがあっさり紹介すると、M-Aはただ肩をすくめるだけで応えた。
さっぱりと気負いない二人に、アオイは好感を持ったようだ。
「やれやれ。一般市街の武器の流通を調べろなんて物騒な依頼してくるからどんな癖のある奴が来るのかと思ったよ。…先立つ物がないと、動けないけどね」
サキは無造作に重い小袋を投げた。
「…結構。期間はとりあえず三週間は欲しいかな」
サキは頷くともう一つ小さな袋を投げて寄越した。
アオイは首を傾げたが、妖しく瞳を光らせると薄く笑った。
「僕は重複依頼を受けない主義なんだ。個人的なものか?」
サキも口の端だけで笑った。
「そう言うなよ。ついでで済む用事だ。そこのメモしてる家を詳しく調べてくれ。ゴム弾を横流しで入手している節がある」
アオイはサキをじっと見つめたが、爽やかな笑顔を見せると一つ頷いた。
「分かった。確かについでで調べられる。だが一つだけ聞きたい。なぜピンポイントでこの家だけなんだ」
サキは頭をかくとなんでもないように言った。
「まぁ、そこで働いていた知り合いがそれでいたずらに打たれた跡があってな…」
アオイの顔がさっと引き締まった。
「それは、絶対にしてはならない違法行為だ。どんな体格のいい男だって悶絶する衝撃だっただろうに…」
「サナはまだたった十一の少女やで」
我慢できずにM-Aが口を出すと、アオイの瞳に怒りが混じった。
「なるほど…。それは丸裸になるまで調べ上げなければ気が済まないね」
アオイは手にしていた鞄に二袋しまうと、物騒な気配をさらりと消してさっぱりとした笑みを見せた。
「悪いけど、四週間時間を貰うよ。同じ場所、同じ時間で落ち合おう」
サキは一つ頷くとあっさりと踵を返した。
M-Aは慌ててサキに追いつくと小声で言った。
「おいサキ。連絡先とか聞いとかんでええんかい!?あいつがあのままトンズラしたら大損やないか」
サキは足を止めないまま低く笑った。
「まぁその時はその時だな。だがあいつは多分ちゃんと現れる。アオイは金に執着するより、己の仕事にプライドを持つタイプみたいだからな」
「なんでそんなこと分かんねん」
「袋の中身を確認しようともしなかったからさ。重複依頼を断るってことは、一つの仕事を完璧に遂行したいんだろう」
M-Aは目を見張るとちらりと後ろを振り返った。
アオイの姿はもうない。
「たったあれだけのやり取りでよう見てたな」
「それはお互いさまさ。見た目は爽やかだがだいぶ曲者だぞあいつ」
サキは足を止めるとM-Aを振り返った。
「一月後、色々忙しくなる。羽を伸ばすなら今のうちだぜ?」
「心配すんな、適度に伸ばしてるわ。中央区はなかなかいい女が多いからな」
M-Aはにやりと笑うと煙草を取り出した。
「お前も子守ばっかしてんとたまにはこっち来いや。良さげなん紹介したるで」
「お前のお手つきに興味はないね。欲しくなったら勝手に行くさ」
「昔から女引っ掛けんのは得意やからなお前。女だけやないけど。そろそろ本命作る気ないんかい」
サキは笑みを消すとまた歩き始めた。
「本命なんていらねーよ。いずれ邪魔になるだけだ。気晴らしができれば、それでいい」
M-Aは肩をすくめるとそれ以上は深く聞こうとはしなかった。
「まぁ何にしても一ヶ月後に向けてできる限りの準備はしとこか。お前も西区、本格的にまとめるんやろ?」
のんびり伸びをして言うM-Aを見ながら、サキは小さく笑った。
「俺はお前が一番好きかもな」
M-Aはそのまま後ろにこけそうになった。
「アホ抜かせ!!俺にそんな趣味はないぞ!?気色悪いこと言うなや!!」
サキは楽し気に笑うと足取り軽く瓦礫の山を登って行った。