エピローグ
コーシは今日も居住区を一人うろうろと歩き回っていた。
あれから平穏な日常が戻ってきたのに、前まで何をして過ごしていたか分からないくらい手持ち無沙汰な日々を過ごしている。
南区にいた一年間は大変なことだらけだったが、あんなに充実したことはない。
「よぉ、コー。暇そうだな」
「サキ!!帰ってきたのか…」
箱をいくつか手に持ったサキが、メインロードの向こうから歩いて来た。
コーシは暇でも、サキは日々をスラムの進化に奔走している。
二人は一週間ぶりに顔を合わせた。
「それなんだよ…。随分重そうだけど」
コーシが不思議そうに箱を見ると、サキはきらりと目を光らせた。
「アオイに譲ってもらった新しいおもちゃさ。まぁ後で見せる」
「一つ持とうか?」
「いや、精密機械だからこのまま持って帰る」
コーシはちらりとサキを見上げるとなんでもないように口を開いた。
「サナは…元気にしてた?」
コーシの複雑な思いなど知りもしないサキは大げさに首を振るとため息交じりに言った。
「おぉ、元気元気。もう目も当てられぬいちゃいちゃっぷりだったぞ。お前次あっちへ遊びに行く時は覚悟しておいたほうがいいぜ」
「…ふーん…」
そっぽを向いたコーシの脳裏には、白い服を赤く染めたサナが蘇る。
あの二人の間には決して入れないと知ったあの日を思い出すと、胸に苦いものが広がった。
「コー、暇ならまた南区にでも遊びに行ってやれよ」
コーシは別の意味で顔をしかめると首を振った。
「…しばらくはいかない。あいつら俺を監禁してでもこっちへ返そうとしないからな」
サキはひとしきり笑うと住処の階段を登った。
「結構、笑い事じゃないんだからな」
コーシは先に扉を開くとサキが通れるように端による。
狭い廊下を辛うじて通ると、サキはそのまま奥の部屋へ向かった。
コーシも迷わずサキに続く。
「昨日M-Aが来てたのか?」
リビングのゴミ袋に捨てた大量の煙草を見たサキが聞くと、コーシは一つ頷いた。
「商業区で何か確認したいことがあったとか言ってた。三日前にはカヲルも来た。二人とも俺には何してるのかちっとも教えてくれないんだぜ」
サキは喉で笑うと箱から沢山の機器類を取り出した。
「すねるなよコー。そのうちお前にも分かってくるさ。ほら、これ手伝えよ」
「…パソコン…?」
「これがあれば本格的な機械設計ができる」
てきぱきと配線を繋ぎながら、サキは楽しそうに次々と謎の機器類を組み立てていく。
「お前あれだけ独創的になんでも作り上げるんだから、こっちで手がけてみろよ。こいつを使えばもっと幅が広がるぜ」
「この本見て本格的に勉強しろって?」
分厚い本を手に取るとコーシは眉を寄せた。
「暇なんだろ?取っ掛かりくらいは指導してやるよ。ちゃんと勉強しておいたら…」
サキはちらりとコーシを見たが、すぐに機器類に視線を戻して言った。
「いつか、お前がスラムを出たくなった時に必ず役に立つ」
コーシは目を見張るとサキの背中を見つめた。
「俺はずっと、ここにいる」
手を止めたサキは立ち上がるとコーシを見下ろす。
「小せーこと言ってんなよコー。お前は、こんな太陽もろくに拝めないシェルターで一生を終わらせる気か?」
「でも…」
サキはコーシの両脇に手を入れると有無を言わさず高く抱え上げた。
「さっサキ!?なんだよ!!離せよっ!!」
「お前はもっと高い所の空気を吸え。来たるべきその日まで、俺からなんでも盗み取っていけよ」
力強く言うとそのままコーシを宙へ放り投げる。
くるりと体勢を整えて着地したコーシは目を吊り上げながら憤慨した。
「なんだよサキ!!危ないだろ!?」
サキは楽し気に笑うと、壁に持たれてふと真剣にコーシを見下ろした。
「コー。いつか、俺を超えろ」
「…」
コーシは目の前に塞がるサキという名のでかい壁を凝視した。
余裕の笑みを浮かべているサキに眉を寄せると、小さく舌打ちをする。
サキは複雑な顔をするコーシを気にもとめずに、動きだした機器類の画面を覗き込んで手招きした。
「来いよ」
「…うん」
唸りをあげるこの機器類には、コーシも並々ならぬ興味を持っていた。
複雑な顔をさっと消すとサキに歩み寄る。
後にコーシの運命に絶大な影響を与えることになるこの一つの機械が、サキの手によって鮮やかにそのスクリーンに光を灯し始めた。
長々とお付き合い頂きましてありがとうございました。
無事に問題児たちを書き終えました…!
一番の問題児はやはりサキさんでした。
拙い構成と文章なのに最後まで見ていただいた方には感謝感謝です。
あと少し番外編を乗せてスラムを終了したいと思います。
* 全更新後にも関わらずスラムを見つけて最後まで見ていただいた方、ありがとうございます(^^)うれしいです!