生きる意味
「いたいた。こんなとこで引きこもってたのかよグラン」
サキが南区に戻ったのは、すっかり夜更けの時間だった。
先に第二地域にいる東中西区の男たちの様子を見に来ていたのだが、ここで男たちがグランの姿を見たと言っていたので探していたのだ。
「あんたの傷もかなり酷いだろ。こんなとこでうずくまってねーで第三地域でちゃんと見てもらえよ」
グランは小さな目でぎろりとサキを見上げた。
「お前が言えたくちか。市街まで出向いていたのだろう?」
「あれ、なんで知ってんだ?」
蝋燭一本だけが揺れる暗い部屋の中へ入ると、サキは情報誌の入った紙袋を一つ渡した。
「土産。やるよ」
受け取らないグランの隣にそれを置くと、壁にもたれかかる。
「サキ」
グランは視線を床に落としたまま低く言った。
「俺たちは、明日にでも東区へ戻る」
「あんたは駄目だ」
即座に言われ、グランは光る目でサキを見上げた。
サキは壁に体重を預けたままグランを冷静に見下ろしている。
「あんたが一番重傷を負ってることは知ってるぜグラン。死にたくなければじっとしてろ」
サキをかばってその体に受けた剣の傷は、常人ならとっくに動けていないほど深いものだ。
黙って睨み上げるグランの視線は刺さるような鋭さであったが、サキは少し肩をすくめると苦笑した。
「あんたが危惧してんのは、食料問題だろ?」
「…」
いくら南区の者たちが協力してくれてるとはいえ、ここは元々貧しい土地だ。
このまま大勢が居座れば、僅かな蓄えを全て食い尽くしてしまう。
サキはにやりと笑うと腕を組んだ。
「心配するな、東区を通って来る時に手は打ってきたさ」
「東区で?」
「正確には商業区だな。ララの奴を放り込んできた。今頃必死で走り回って大量の食いもんでも集めてんじゃないか?明日までになんとかしろって散々脅しつけといたから」
いたずらっぽい笑みを浮かべると、サキは壁から離れた。
「…明日、商業区から来た男たちの手を借りて動けるものは引き上げさせる。指揮は俺がとるさ。あんたはちゃんと引きこもってろよ」
「サキ」
部屋から出ようとするサキを、やや怒りのこもった低い声が呼び止める。
「お前が、死ぬ気か」
服の下から濃厚に漂う血の匂いを、グランは見逃しはしていなかった。
サキは少しだけ振り返ると、なんともいえない顔で石の床を見つめた。
「…それでも構わないけどな。俺の生きる意味は、もう一つ失った」
「サキ」
殺気を込めて立ち上がろうとしたグランを、サキは視線で制した。
「冗談だ。そう怒るなよ。…じゃあな」
僅かな笑みを残して、サキは部屋を出て行った。
第二地域を後にすると、煙草を取り出しながら第三地域を見つめる。
だらだら歩いていた足取りが、更に重くなった。
サキは火を取り出そうとしたが、既にマッチを使い果たしていることに気付いた。
「…まいった…。俺もそろそろジッポの一つでも持つかな」
煙草をしまいなおすと、空を見上げる。
今頃地上では満天の星が輝いているのかと思うと、なんだか無性にそれが見たくなる。
しばらく現実逃避に没頭していたが、夜風が背中からすり抜けていくと、サキは諦めてまた歩き出した。
コーシのいるはずの民家の前まで来ると、その扉の前に黒い影を見つけた。
「…遅かったなサキ。何しとってん」
何気ない顔で煙草を吸っているM-Aが、どうでもよさそうに聞いてくる。
その足元には、数え切れない程の煙草のカスが落ちていた。
サキは小さく笑うとその隣に腰掛けた。
「中で待ってろよ。冷えるぞ」
「アホ。わざわざお前を待ったりするかい」
サキは煙草を取り出すと、腹心の友に火をねだった。
しばらく苦い煙だけが、二人の間を満たしていく。
「アオイの奴な、目覚めたぞ」
「…そうか」
それだけいうとまた沈黙が訪れる。
一本を吸い終わった頃、サキが立ち上がった。
「サキ」
M-Aは座ったまま呼びかける。
「コーシは、きっと大丈夫や。お前…このまま消えたりするなよ」
サキは軽く目を見張ると黒い頭を見下ろした。
「お前の考えそうなことくらい分かっとんねん。今日戻って来たんは、まぁ上出来やな」
目も合わさず適当に言うが、滲み出る気遣いにサキは苦笑した。
「…こわいねお前は」
いつでも自分を正しく理解している友に背を向けると、外の闇に向けて歩き出す。
「朝には戻れよ」
後ろから響くM-Aの声に、サキは右手だけ軽く上げて応えてから闇の中に消えた。