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Saki & Koshi  作者: ゆいき
それぞれの結末
171/176

煙草と釘

サキは市街のメインロードを一人歩いていた。

街はボイルエッグの衝撃的なスキャンダルと、ハードハムの英雄話で騒々しく揺れている。


他人事のようにそれを眺めながらぶらぶらと歩くサキの後ろから、ソルトベーコンが急いで追いついて来た。


「サキ!!いつ警察部から出て来たんだ?」

「…あんな胸糞悪い所にいつまでもいられるかよ。聞かれたことをそのまま話したらすぐ解放されたよ」


サキは嫌そうな顔を隠しもせずソルトベーコンを見上げた。


「これで約束は果たしたからな。これ以上はお前らに関わる気はない」

「あぁ。思ったより早くけりがつきそうで助かるよ。体は大丈夫なのか?」

「三日も眠りこけてりゃ動けるさ」

「…そんな簡単な傷ではなかったと思うが」


サキは肩をすくめるとまたぶらぶらと歩き出した。


「…おまえさぁ」

「何だ?」

「煙草、持ってねえ?」

「煙草?…クラハッカのやつならあるが…」

「クラハッカ?流石にお上品だねー街のカネモチってのは」


ソルトベーコンが懐から一本取り出すと、サキは遠慮なくそれを頂いた。


「…悪くないな」


胸いっぱいに煙を送り込むとゆっくりとそれを吐き出す。


「怪我人なんだ。一本だけにしとけよ」

「かたいこと言うなよ。あんなのかすり傷だ」

「普通刺し傷をかすり傷とは言わない。

今朝お前がハードハム邸に現れた時は目を疑ったぞ」


目の前で刺されていたのを見ただけに、ソルトベーコンは平然と隣を歩くサキを疑惑の目で見た。


「嫌な仕事はすぐ片付けたい主義でね。…まぁお前のお陰で皆随分助けられたしな。礼代わりだ」

「…タフな男だな」


サキは低く笑うと小さくなった煙草を地面に捨てて踏み潰した。


「ハムの野郎に言っておけよ。これ以上はスラムに踏み込むな。あそこは俺がこの手で立て直す。変な色気出しやがったら…」


凍るような冷たい目で睨み上げると、サキはむしろ淡々と言葉を紡ぐ。


「敵と見なして、容赦無く叩き出す」


ソルトベーコンは息を飲むと、気配の変わったサキをじっと見た。


「…今日来た本来の目的は、それか」


慎重に聞き返したが、サキは目を細めただけで何も答えなかった。


「じゃあな」


短く言うとまたぶらぶらと街の外へ消えていく。

サキの姿が完全に見えなくなると、ソルトベーコンの周りに五人の護衛兵が走り寄った。


「隊長!!追わなくていいんですか!?」

「あいつは野放しにしておけば危険な男だ!!」

「奴がスラムにいればあの薬の調査もろくにできないのでは!?」


詰め寄る男たちを制すと、ソルトベーコンは額の汗を拭った。


「やめておけ。サキはお前らが潜んでいることに気付いていた。仕掛けるだけ返り討ちにあうぞ」

「だが奴は重傷を負ってるはずだ!!」


ソルトベーコンはいきり立つ護衛兵を見下ろした。


「じゃあ試してみろよ。はっきり言って、格が違う。彼はあんな体で約束を果たしにわざわざこんな所まで来たんじゃない。

俺たちが余計な動きをスラムに向けてしないように、でかい釘を刺しに来たんだ」


護衛兵たちは黙り込むと未練がましくサキの去った方を見た。

ソルトベーコンは苦笑するとそんな男たちの肩を軽く叩いた。


「さぁ、俺たちもまだやることが山積みなんだ。さっさと動かないか」


促されるとしぶしぶ動く。

ソルトベーコンは一度だけ後ろを振り向くと、人混みの先を見つめた。


「…事が落ち着いたら、一度ゆっくり話でもしてみたい男だな」


風の中で独り言を落とすと、そのまま颯爽と踵を返して元来た道を戻り始めた。


後ろから誰も追ってくる気配がないことを確認すると、サキは懐から煙草を取り出した。

人混みから少し離れた裏路地で壁にもたれかかると、器用に右手だけでマッチに火を付ける。


「…やっぱこの味の方が落ち着くよな」


空へ流れる煙を見ながら、さっきまで隣にいた男のことを思い返す。


「あのハムには勿体ねーなあいつ。タバコの趣味も悪くない」


動かない左腕の指先を軽く握ると、忌々しげに舌打ちをする。

弾みでくわえていた煙草が地面に落ちたが、サキはそれを拾うことも出来ずにじっと見つめていた。


右手でそっと左脇腹の包帯に触れる。

ずくずくとまだ脈打つたびにそこは痛むが、それよりも右手に残るコーシを刺した感触の方が痛い。


「コー…」


白い顔で眠ったままのコーシの顔がちらつく。

もしあのまま目覚めなかったら、この右手はどう動くのだろうか。

いやもし目覚めたとしても、自分は二度とコーシの前に姿を見せない方がいいのではないか。

くだらない自問自答がなんども頭を巡る。


「お前は…俺の、最後の良心…」


落とした煙草の火を踏み消すと、サキはゆっくりとスラムに向かう道を歩き続けた。

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