サナの痣
サナはサキとコーシがなかなか帰ってこないので、リビングで長いこと待っていた。
テーブルには簡単な夕食が並べられたままだ。
日頃の疲れが溜まっていたサナは、そのままうとうとと瞼を落とすと、珍しく眠り込んでしまった。
結局、サキが帰ってきたのはそれから一時間後だった。
コーシを降ろすと、てとてととまっしぐらにサナのところへ走り出す。
「あ、こらコー。静かに。サナを起すなよ?」
コーシはサキをちらりと見たが、構わずサナにダイブしようとする。
何度もコーシを遠ざけるよりサナを寝室に運んだ方が早そうだ。
「ほら飯用意してくれてるだろ?これ食べて待っとけ。あ、手は洗えよ」
コーシが洗面台に向かうのを見届けると、サキはサナを抱え上げた。
「…軽っ」
年齢を思うと、サナは異常に軽かった。
サキはサナが使っているベッドに横にすると、袖をめくり上げた。
そこには以前と同じように、少し黒さのましになった痣があった。
「サナ、悪いな」
気は引けたが、サキはサナの体をあちこち調べては唸った。
左肩と右太ももにもひどい痣がある。
他にもそこまでひどくないながらもあちこちに何らかの変色した皮膚が見られた。
「この、馬鹿野郎がっ…」
サナが起きるまではそっとしておこうと思っていたが、流石に放っておけずに揺り起こす。
「サナ、サナ」
「…ん…」
「サナ」
サキを見上げると、サナはいつものように微笑んだ。
「サキ、お帰り」
体を起こすも目眩を感じるようでなかなか起き上がりきれない。
サキはサナを自分の膝の上に乗せると、ゆっくりと言った。
「サナ、仕事やめろよ」
「サキ?」
サナはびっくりして固まった。
「どうしたの?もしかしてコーちゃんになにかあった?」
「何かあるのはお前だろ?」
口調は優しいままだが、サキは少しだけ厳しい目つきでサナを間近から見た。
「どうして何も俺に言わない。この体は誰にやられてるんだ?それから、お前ちゃんと食ってるのか?」
サナは唇を噛むと俯いた。
サキはサナの細い腕を優しく撫でながら口を開くのを待った。
「私、サキに謝らなければならないことがあるの」
「…ん?」
震える声を出すと、サナはサキの肩におでこを乗せた。
「サキに貰ってる食費の半分、仕送りにあててるの」
「え?」
サナは顔を上げると必死にサキを見た。
「でもコーちゃんにはちゃんと食べさせてるよ?それは大丈夫だから!」
サキはサナの頭を引き寄せると、もう一度自分の肩に乗せさせた。
「サナ」
「…ごめんなさい…」
「誰が、お前にそんなに仕送りを要求するんだ?」
レイビーは確かに貧しい。
市街に出稼ぎに行かせるのは分かる。
だがたった十過ぎの少女をここまで搾り取るのはどう考えてもおかしい。
サキはこれ以上口を割ろうとしないサナを優しく抱きしめた。
「放っておいて悪い。M-Aに注意されていたのにな。明日から暫くサナは家にいるんだ。飯も絶対食えよ?」
「…っでも!!」
サキに食い下がろうとしたが、意思の強い瞳に捉えられ反論を封じられる。
「もう少し肉が付くまでは働くのは禁止だからな」
痩せた手を掴むと、サキはそれをそっと握りしめた。
「俺が守ってやるから、何でもちゃんと言えよ」
サナは真っ赤になると、小さく頷くので精一杯だった。
「あき!!」
部屋に入ってきたコーシはサキの服を思い切り引っ張ってきた。
「あき!めーーー!!」
サキはコーシを抱え上げると面白そうに突っついた。
「なんだよ。一丁前に焼きもちか?いいかコーシ、可愛い子にはこうやって接するんだぜ?」
「さ、サキっ!コーちゃんに変なこと教えないでね…」
サナは真っ赤になったまま焦って言った。
「今日は俺がコーを見るからサナはゆっくり寝るんだぞ」
サキは笑みを一つ残し部屋を出た。
残されたサナは、呆然としてその扉をしばらく見つめていた。
「サキ…」
守ると言われた。
生まれて初めて。
サキに迷惑をかけるのは心苦しいが、サナは温かさの広がる胸を握り締めると久しぶりにゆっくり横になった。