第三地域の工場へ
第四地域は、再び戦場のようになっていた。
ただし今度は女たちの戦いだ。
勝利の余韻からまだ覚めぬ男たちのケツを叩き、誰であろうと動ける者に協力をさせては怪我人を次々と階下へ運び始める。
「暗くなっちまったら取り返しがつかなくなるよ!!急いで!!」
もうこうなると南区だろうがそれ以外の者だろうが女たちも気にしていなかった。
一致団結しては懸命に怪我人を運び出している。
階下に降ろされた者は手押し車に押し込められるとすぐ大きな工場まで勝手に運んで行かれた。
これは主に十代の子どもたちが数人がかりで協力しながら運んでいる。
ウェンズはこの異常事態を信じられない思いで見ていた。
「これは…本当に南区で起きている光景か…?」
思わず口にすると隣にいたライが同じく呆然としながら目の前を行き来する人々を眺めていた。
「第三地域の奴らなんて、俺らを犠牲にして成り立つ保守的な奴らばっかりだったのに…」
第三地域の住人は、ザリーガから流れてくる金と仕事場を死守することでなんとか並の生活を送っている者が殆どだ。
第一地域でどれほど多くの者が飢えていても、見て見ぬ振りをしていた。
「南区は、すでに変わろうとしているのかもな…」
「アークル!!」
「リーダー!!!」
「リーダー!!」
うっすらと目を開いたアークルを六人が覗き込む。
「リーダー!!よかった…!!急に崩れ落ちたから俺…俺…」
「でかい体で泣くなよサンド。リーダー、頭の傷のせいかもしれないからあまり無理して起きない方がいい」
サタが言うと珍しくユーズが顔を歪ませながら頷いた。
「そ、そうだぜリーダー!!絶対無理するな!!」
アークルは一人一人を見ると眉を寄せた。
「なんて顔してる…。少し疲れが出ただけだ」
ウェンズは怒った顔でアークルを覗き込んだ。
「だから…だからいつも俺はお前一人で無理ばかりするなと言ってるだろう!?
少し疲れが出た!?あぁそうだろうよ!!!お前はずっと寝る時間も削りろくに食べもせず皆を守るために毎日一人で駆けずり回り交渉、重労働、勝手な大人たちの使い走りまで一番きついところを!!たった一人で!!たった一人で何もかもしてしまうから…!!!」
取り巻き達は驚いてウェンズを見た。
誰一人、あんなにそばにいるアークルのことをちゃんと知らなかった。
アークルはいつも一人でふらりと消えては平気な顔で金や食料を抱えて帰って来ていた。
死体処理場に行っているのは知っていたが、その他にもそんなに色々しているなんて露とも思わなかったのだ。
アークルはウェンズを批難がましく見上げた。
「俺は皆のまとめ役だ。当たり前のことをしているだけだ。余計なことを触れ回るなよウェンズ」
「それでお前が死んだらどうしろっていうんだよ!!!お前が…。この、馬鹿野郎が…」
いつでも穏やかで従順な友の怒声に、アークルは流石に目を見張った。
体を起こそうと動いたが、一度休んだ体がいうことをきかない。
アークルは少し躊躇ったあとに手を伸ばした。
傷だらけの十二本の腕がすぐに応える。
通りすがりの女がアークル達を見て声をかけてきた。
「あんた!!ひどい傷じゃないか!!早く第三地域まで行きな!!手はいるかい?」
アークルはすぐに首を横に振った。
「いや、いい。俺には…こいつらがいる」
取り巻き達は落ちそうなくらい目を開くと皆アークルを見た。
女が去ると、六人でアークルを支えながら歩き出す。
「い、いぐぞおらおめーらさっさどうごかねーが!!」
「うぁっきたねーなライ!!なぐなよぉ!!」
「お前もだろユーズ!!」
「サンドはずっと泣きっぱなしなくせに」
「あぁ!?…サタ、お前だって!!」
「泣いてない…!!」
「マンド…!!てめー静かに泣いてねーでこっちこいよ!!」
「泣いてない」
「うぁあ!?マンドが喋った!!!」
「お前の声聞いたの何年ぶりだよ!!!」
ウェンズはたまらず笑い出した。
笑いながら、決して苦いばかりではない涙を拭った。
「ほら、馬鹿してないでさっさと歩かないか」
促しながら第四地域を出る。
アークルが手を伸ばした時、苦しかった全てが終わったのだと思えた。
それは取り巻き達も同じだったのだろう。
希望の予感を胸に、青年達は疲弊した重い体を支え合いながら前へ歩き続けた。
工場内は第四地域以上に騒がしい事態に陥っていた。とにかく怪我人が多すぎる。
優先して運ばれてきたサキ達は、事務所として使われていた別の部屋に通された。
とにかく止血を優先とし、体が冷えないようにありったけのかけ布で温められている。
「ここでは応急処置くらいしか出来ないよ!!誰か医術の心得のあるやつはいないのかい!?」
「こっちの黒い人は右手の指がほぼやられてるよ!!いや、右腕自体が酷い腫れだ!!」
「こんな傷でよく暴れまわっていたね!!この背中の刺し傷…えぐれかたがひどいじゃないか!!」
「こんな大男、あたしたちにどうすればいいの!?」
混乱する女たちを、一人の少女が懸命に宥める。
「みんな落ち着いて…。私は医療書を読んだことくらいしかないけど…、出来ることを確実にしていきましょう」
サナは真っ青の顔のままでもてきぱきと手を動かしている。
怪我の知識はアオイにずっと指導を受けていた。
どこまで正しくできるかは分からないけれど、やるしかない。
女たちはそんなサナを見ると互いに顔を見合わせた。
「…あんた…小さいのに根性あるね…」
「あんたが乗り込んで来なけりゃ、あたしたちは震えて待つしか思いつかなかったよ…」
サナはみんなを振り返るといつもの柔和な微笑みを見せた。
女たちは気合を入れ直すと深呼吸をした。
「よし、私は何をすればいい?」
「とにかくお湯がいるね!!」
サナは女たちと懸命に動き回った。
本当はアオイのそばから一ミリだって離れたくなかったが、とにかくやることが多すぎた。
日がくれるまで、あっという間に時間は進む。
サナがお湯を新しく作り直していると、一人の女が走り込んで来た。
「あんた!!あんたの知り合いのおチビさんが痙攣を起こしてるよ!!」
「コーちゃん!!?」
サナは急いで事務室に駆け込んだ。
コーシは真っ白な顔で引きつけを起こしている。
血を流しすぎてショック状態に陥っているのだ。
「コーちゃん!!!コーちゃん!!!」
サナは必死で呼びかけるがこれ以上どうしようもない。
「コーちゃん!!誰か…」
すがるようにアオイを見ても、彼も真っ青な顔のままぴくりとも動かない。
サナはずっと我慢していた涙が溢れ出すと、抑えていたものが止まらなくなった。
「誰か…お願い…。たすけて…」
嗚咽を漏らすと痙攣の止まらないコーシを力の限り抱きしめる。
このままではサキたちが力尽きるのも時間の問題だ。
女たちは震えながら泣くサナを痛ましく見ていたが、工場の外が急に騒がしくなったのでそっちに視線をうつした。
「さ、サナちゃん!!!」
入り口付近にいた女が急いで転がり込んで来る。
「まちの…市街の緊急救急部隊だ!!!しかも最大規模のやつだ!!!」
「なんだって!!?なんでそんなもんがわざわざこの南区に!?」
大騒ぎが起こる中、乗り込んで来た一人の男が声高に叫んだ。
「我々は市街のハードハム氏の要請でここに緊急救急部隊を派遣しに来た!!重症者からこちらへ運ぶぞ!!!」
サナはコーシを抱えたまますぐに飛び出した。
「こっちへ!!こっちの部屋の人をお願いします!!!」
男はサナの抱える少年を見るとすぐに頷いた。
「その少年をすぐにあっちの車へ!!その勇敢な子を死なせるわけにはいかない…」
「コーちゃんを、知っているのですか!?」
男は頷くとコーシの頭を一つ叩いた。
「彼のお陰で、この争いは無事に済んだようなものだ。さぁ、急ぎなさい」
サナは頷くとそのまま走り出した。
サナがちゃんと救急隊の元へ走るのを見届けると、その男…ソルトベーコンはすぐにサキたちのいる部屋に向けて走り出した。