目覚めぬ負傷者
ゲートを抜けたロバンは、初めて見た地上の風景に固唾を飲んだ。
「これが、本物の空…」
青く澄んだ空も、白い雲も、照りつける太陽も、何もかもが圧巻だった。
「これが外の空気か…。場所によっちゃ数時間いるだけで死に至るなんて信じらんねーよ…」
荒れた大地を見回すと、バイクが走り抜けた新しい跡があちこちについている。
「皆いったいどこにいるんだ!?話し声一つ聞こえないぞ…」
嫌な予感に足が早まる。
暫くは大地に残る跡を行ったり来たりしていたが、やがて高台に差し掛かる跡を辿ると、その先に人影を見つけた。
「!!ざ、ザリーガ!!」
首から大量に血を流している男は、もはや傍目にも息をしていなかった。
ロバンは少し下がるとその先に目を凝らした。
「誰かいる…。いや、何人か倒れている!!」
ロバンは急いで駆け寄った。
「さ…サキさん!!!」
近付くにつれてロバンの顔色が悪くなる。
「サキさん!!!M-A…!!!た、大変だ!!!」
皆まだ辛くも呼吸をしているのが分かるが、見るからにひどい状態である。
特にサキとコーシはどちらがどちらの血か分からないほどの赤にまみれ、更にまだそれはじわじわと広がっている。
「そんな…こんなのどうすれば…」
どんなに呼びかけても、誰も目を覚まさない。
今から人を呼びに行って帰って来るような猶予もなさそうだ。
「M-A!!おい起きろよM-A!!!…俺に、俺一人にどうしろっていうんだよ!!!!」
大地に絶叫が響き渡った。
風に揺れるサボテンだけが大きく揺れてその響きを受け止める。
ロバンが絶望にくれていると、ゲートの方から物々しい音が聞こえてきた。
それは騒々しい音を響かせるわりにはやたらゆっくりと近づいて来る。
「な、なんだ!?」
ロバンが高台から覗くと、そこには偽護衛兵が乗っていたバイクに跨った男たちの姿があった。
「いたな東区の!!サキはそこにいるのか!?」
「お前は…エンビエンス!?」
「そうだ!!サキが戻って来ないんだろ!?動けないかもしれんと思ってこいつで来た!!」
エンビエンスは体格のいい五人の男たちと、慎重にバイクを三台転がしながら近付いて来る。
ロバンは熱くなった目頭を雑に拭うと、思わず空を仰ぎ見た。
今まで神に唾を吐きかけて生きてきたのに、今初めてそれに感謝というものをしたくなった。
「こっちだエンビエンス!!そこはサボテンが邪魔ではいれねえ!!」
「うがっ!!なんだよこのサボテン!?それにしてもお前よく俺の名前覚えていたな」
「俺は名前と顔を覚えるのが一番得意なんだよ。お前の隣にずっといた奴がファイアで、反対隣にいた奴がゴズだろ?」
「…あってる…」
ロバンは走りながらエンビエンスを誘導するとすぐに手前のカヲルを抱え上げた。
「この人とM-A…あそこの黒いのはひどい外傷はそれほどない。それからあそこのオレンジ頭の人を運んでくれ」
小さなカヲルは足元に座らせ、運転手の男の後ろにアオイとM-Aを座らせると最後にもう一人の男が乗り二人を固定した。大きなバイクはそれでもずっしりと安定している。
「頼む。慎重にな」
ハンドルを握る男は決してスピードが出ないように、ゆっくりとゲートに向けてバイクを転がし始めた。
ロバンはすぐにグランディオンに駆け寄った。
「おい手伝ってくれ!!グランディオンさんはその一台のバイクで前後から固定して運んでくれ」
男四人でグランをさげるとなんとかバイクの上にうつ伏せで載せる。
男二人でバイクの横につくとそのまま転がして移動し始めた。
ロバンは最後にサキの隣にしゃがみこむと、その体を慎重に起こした。
「サキさん、ちょっとすまねぇ」
言いながらコーシをその腕から抜こうとする。
だがサキの腕はいくら引いてもコーシからはずれなかった。
ロバンは何度か試した後、諦めてコーシごとサキを肩に担いだ。
そのままエンビエンスのバイクに跨る。
「このままで頼む。あまり揺れない道で、最短距離で、一番早く下に走ってくれ」
「無茶言いやがるなお前」
ロバンは祈る思いでサキを抱える手に力を込めた。
このまま中央塔まで例え無事に戻ったとしても、結局なに一つまともな手当なんて出来ない。
下手すれば水すらない状態だろう。
かといってこのまま第三地域まで運んだとしても、住人たちが手を貸してくれるとも思えない。
「サキさん…。こんな時あんたならどうするんだ?」
応えなどないと分かっていても、すがる思いで聞いてしまう。
エンビエンスは化け物バイクが暴走しないように神経を使いながらも、ロバンの焦りを背中で感じていた。
ゲートをくぐり、南の塔まで傾斜を最短距離で降りて行く。
ロバンに気付いた中央区の男たちが走り寄ってきた。
「サキさん!!!」
「サキさん!?ロバン!!これはどうして…」
「お前ら水はまだあるか!?どうにかしてかき集めてくれ!!」
ロバンは急いで指示を出したが、男たちはすぐに首を振った。
「無茶だぜロバン!!皆もう使い切ってる!!ここではもう傷を洗い流すことも満足に出来ないぞ!!?」
「それでもなんとかしろ!!!」
焦りを隠せないロバンが怒鳴り散らしていると、関所の方から何か騒がしい物音が聞こえ始めた。
「ろ、ロバン!!」
「なんだ!?なんの騒ぎだ!?」
「あれを!!第三地域の住人たちが…階段を登って来ている!!」
「なにぃ!?」
ロバンはすぐにエンビエンスに関所の方へ向かうように頼むと、自身は体を少し乗り出して前を見据えた。
姿を現したのは、主に十代後半の青年と三十代前後の女たちだった。
その中からただ一人十代半ばの少女がロバンの元へ飛び出して来た。
「サキ!!!」
「あんたは…。そうだあんたアオイさんが連れていた…」
少女はロバンを見上げると第三地域を指差した。
「あそこに見える一番大きな工場に運んでください!!あそこに治療に必要な物資は全て揃えてあります!!早く…サキを!!!」
ロバンは目を見張ったが、治療が出来るとなると迷ってる暇はない。
何故だかわからないが、住人たちが協力してくれるのだ。
「エンビエンス!!」
「あぁ、このまま行く!!」
ロバンは少女を振り返ると中央塔を指差した。
「あんた、アオイさんたちもこの後ろで同じように重傷を負って運ばれている。そっちにも声をかけてやってくれ」
少女はそれを聞くと真っ青になって走り出した。
「…アカツキ!!!」
女たちも少女の後を追うように歩みを進めた。
「皆急ぎな!!何人かずつで男たちを階下まで運ぶんだ!!」
号令を掛け合いながらどんどん奥へと進んでいく。
エンビエンスは階段を避け、渓谷の岩肌を迂回しながら駆け下りた。
階下にはたくさんの農業用の手押し車が待機している。
「こりゃあ…一体…」
エンビエンスが目を丸めながらそれを見ていると、一人の男に気付いて声を上げた。
「ファイア!!!」
大声で呼ぶと階下から関所を見上げていた男が振り返った。
「エンビエンス!!M-Aは!?」
「もうすぐこっちに来るはずだ。それよりこれはなんだファイア!!お前どんな手品を使えばあの臆病な住人たちをここまで動かせたんだよ!?」
「俺も驚いてるさ!!俺たちが第三地域に着いた時にはあの工場を病院代わりに出来るように住人たちが既に動いていたんだからな!!」
ロバンは痺れを切らすとエンビエンスの背中を叩いた。
「おい!!話は後でもできるだろう!?早くあの工場へ行ってくれ!!」
エンビエンスは頷くとエンジンを軽くふかせた。
「ここからはなだらかな平地だ。少しだけ速度をあげるぜ」
「頼む!!」
エンビエンスは軽くファイアに目配せをするとそのまま工場に向けて走り始めた。