辿り着いたザリーガ
激突は南の塔の目の前で始まった。
サキは先頭を切って走ると、一番最初に知った顔に突撃した。
「ザリーガあぁ!!!!」
迎え撃つ男が大きな長剣を引き抜く。
火花が散りそうなくらいの激しさで、剣と剣がぶつかり合った。
そしてそれを合図にしたかのように最後の合戦が始まった。
サキは猛攻を仕掛けたが、その体は致命傷こそ無いもののすでに傷だらけだ。
ずっと突っ走って来ただけに体力も激減し、それに伴いスピードも落ちている。
技量では明らかにサキが上だが、ずっと自らを温存してきたザリーガの首を取るのはやすやすとはいかなかった。
「あの時のネズミがまさかここまで登りつめてくるとはなサキ!!」
長剣を繰り出しながらザリーガが吠えた。
サキは僅かに目を見張るとにやりと笑った。
「あんな一瞬で覚えていてくれたなんて光栄だなザリーガ!!」
「あの時に捻り潰しておくべきだったぞ!!」
それは中央区にまだ来たての頃の話だ。
赤ん坊のコーシを背負いながらM-Aとザリーガのツラを拝みに近付き、見つかって追い立てられた、あの日だ。
ザリーガは連続して繰り出されるサキの猛攻を一つずつ力ではねつけると、大きく踏み出してその長剣を横一文字に閃かせた。
サキは反射的に後ろに飛びのいたがその腹に剣先がかする。
ごちゃごちゃと周りで戦う男達が邪魔で思うように動けないのだ。
加えて長剣はサキの得意とするところではない。
舌打ちをしながら構え直すと、すかさずザリーガの重い一撃が頭上から降ってきた。
皆を力で押さえつけるだけあって、ザリーガの技量もかなり並を上回る。
サキが立て直す前にその首を正確に狙い攻め立ててきた。
この勝負、長引けば長引くだけ不利になる。味方も元々戦い疲れた体に鞭を打ってここに駆けつけたのだ。
サキの周りではじわりじわりと敵の勢いに押されだした男達がその刃先に倒れていく。
ザリーガの首を取り急ぎたい所だが、この局面でもサキは始終冷静だった。
「どうしたサキ!!防いでるだけでは俺の首はいつまでも取れんぞ!!」
ザリーガは挑発的に笑いながら攻撃の手数を更に増やす。
確実に防ぎながらも、サキは巻き返すチャンスを辛抱強く狙いすましていた。
コーシは遠巻きにサキを見つめながら右手に握ったサキのナイフに力を込めた。
「サキ…せめてこいつを渡せれば…!!」
護衛兵に突撃する時に見せた猛攻に比べると、長剣を扱う動きは明らかに鈍い。
だがこのナイフを渡すには命と命をぶつけ合う男達の間をすり抜けていかなければならない。
今コーシの周りには施設の皆が取り囲んでいる。
アークルは無闇に殺し合いの場に皆を誘導はしなかった。
戦地という異常な場に、まずは慣れなければ話にもならない。
実際少年たちは目の前の現実に残らず青ざめ、取り巻き達も顔には出さずとも難しい顔でその先を睨んでいる。
数年前の内戦に参戦していたアークルと、死体処理場で叩き上げるように内面を鍛え上げられたコーシだけは冷静に戦況を読んでいた。
アークルは思惑通りに落ち着いているコーシをちらりと見て、口の端を少しだけ上げた。
「この流れ、お前ならどう読む」
コーシは前を見つめたまま口を開いた。
「こっちが断然不利だ。皆疲れすぎている。でもサキがザリーガの首を落とすことが出来れば一気に流れが変わるはずだ」
アークルは少し思案した後に頷くと、何かをしきりに伺っているコーシを見た。
「…お前は何を狙っている?」
「サキにこのナイフを返したい。あの武器じゃサキのスピードを殺している」
二人が言い交わしていると、敵が数人こっちに走り寄って来た。
サキとアークルが構えようとするより先に、取り巻き達がその前にずらりと陣取る。
「お前ら…!!」
コーシが前に出ようとしてもウェンズが体を張ってそれを制する。
「お前はアークルと共に方向性を定めろ。それまではここは俺たちが防ぐ!!」
先頭でライとマンドが大きなナイフを片手に敵を迎え打った。
大きく振り降ろされた剣をライが渾身の力で受けると、すかさずマンドが敵に襲いかかる。
男の後ろから躍り出た敵をサンドとユーズが牽制すると傍からサタが間髪入れずに攻撃を食らわす。
ウェンズはそれでも乗り越えてきた敵にとどめを刺していた。
打ち合わせたわけではないが、自然とタッグを組む形で青年たちは守りを固め続けた。
少年たちも手にした武器を握りしめたが、アークルがすかさず声を張り上げた。
「お前らは決して自分から攻撃するな!!その武器は自分の命を守るためだけに使え!! 下手に飛び出せばかえって足手まといだ!!」
コーシは周りを見渡すと焦りを見せた。
このままでは何もできないうちに皆が争いに飲まれていく。
「何か…戦場に隙が出来る一瞬が欲しい…!!」
コーシの狙いをその後ろで耳にしていたシアンブルーも懸命に戦場に目を向けていた。
その隣で一人渓谷の上部を凝視していたウォヌが何かの動きに気付き目を凝らした。
「なんだ…何か来る」
独り言のようなつぶやきだったが、コーシがすぐに反応した。
「ウォヌ…?」
「あそこの先だ。砂煙が上がっている」
ウォヌが指差した場所を見ると、確かに何かが近付いて来る。
「敵なのか!?」
シアンブルーが叫ぶとアークルが振り返った。
「コーシ!!あれが敵であろうと味方であろうとここに姿を現す瞬間に戦場に隙が出来る!!」
コーシはすぐに頷いた。
「アークル、俺は戦場が揺れた瞬間にサキの元まで駆け抜ける!!フォローを頼んでもいいか!?」
アークルは琥珀の瞳を光らせると不敵に笑った。
「お前の周りに敵を近付けさせはしない!!お前は前に集中してそいつをサキの元まで持っていけ!!」
チャンスは一瞬。
そのタイミングを少しでも逃せば争いに飲み込まれる。
アークルは敵を蹴散らした取り巻きを周りに従えると、コーシが動き出す時を神経を張り詰めながら待った。