互いの思い
コーシは辺りがすっかり暗くなっても動かないサキに、痺れを切らせて声を掛けた。
「サキ…まさか取引に乗ったりしないよな…?」
吹き抜ける風はサキの髪を揺らしたが、反応は返ってこない。
コーシはバイクから飛び降りるとサキの前に回った。
「サキ!!!」
サキはやっと視線を上げると無感情にコーシを見つめる。
この時、二人が離れてから初めてお互いまともに向き合った。
サキはコーシを見つめたまま、また動かなくなった。
二人の間に冷たくなり始めた風が吹き抜ける。
さっきまであんなに身体中に感じていたサキが、なんだか今はひどく遠く思えた。
「コー…」
やっと口を開いたかと思うと、サキは思わぬことを言った。
「今すぐここを出ろ。お前一人くらいなら、どうにか門の外まで放り出してやる」
コーシは極限まで目を開くと大きく首を振った。
「サキ!!!どうして…!!!」
目を釣り上げながら抗議する。サキは無感情な瞳のまま淡々と言った。
「こんな所にいても、お前は邪魔なだけだ。俺は足枷なんていらない」
コーシはもう一度首を振ると両手に力を込めた。
「邪魔なんてしない!!!俺は最後までサキと戦うんだ!!!」
「お前がいると足手まといなんだよ!!!」
怒鳴るように言うと、サキはコーシの腕を掴む。
そのまま引きずると薬漬けの男たちの死体の山に、コーシを放り込んだ。
「…これが殺し合いだ。よく見てろっ」
コーシはサキの予想外の行動に固まっていた。
サキは死体の山の中で微動だにしないコーシに背を向けると、足早に一人中央塔へ去って行った。
M-Aは一つだけ開閉出来るように残しておいた中央塔の扉から、サキが近付いて来るのを見ると先に飛びたした。
「サキ!!!どうなったんや!!?お前とおったの、あれコーシやろ!?…コーシは!!?」
窓からあらかた見ていたM-Aは、気が気じゃなかった。
サキに掴みかからん勢いで迫ったが、その顔を見ると眉を寄せた。
「なんや…?なんちゅう顔しとんねんサキ!!コーシは!?」
「コーなら、あそこにいる。M-A…」
サキはさっきまでの勢いが嘘の様に沈痛な顔で俯くと、おぼつかない言葉を落とした。
「頼みがある。あいつを…コーを今すぐここから出してやってくれ」
M-Aはサキの肩を掴むと揺さぶりながら顔を覗き込んだ。
「なんやねんサキ!?しっかりせえ!!どないしてん!?」
「俺はあいつに、俺の戦う姿をこれ以上見せたくないんだ!!」
M-Aの手を振り払うと、サキは視線も合わさずに喚いた。
「…サキ」
M-Aは俯くサキをじっと見下ろした。
「お前、なにを恐れとんねん…?」
「別に…。どっちにしても今頃コーは使い物にならないくらい発狂してるか、泣いてるだろうからな…。あいつを拾って門の外に出してやってくれ」
M-Aは物騒に目を細めると低い声で聞いた。
「コーシに、お前がなんかしたんか?」
「…そこの痛み始めた死体の山に放り込んできた。戦いの現実を、突き付けただけだ」
M-Aはサキに一発だけその拳を叩き込んだ。
流石に加減はしたが、サキの唇から一筋の赤い血が流れ落ちる。
「お前がコーシを壊してどないすんねん。ちょっとそこで頭冷やしとれっ」
言い捨てると、M-Aはすぐにコーシの元に走りだした。
サキはしばらく佇んでいたが、血を拭うとそのまま外の暗闇に消えて行った。
M-Aはサキが示した死体の山まで行くと、大声で叫んだ。
「コーシ!!!コーシどこや!?」
「…なんだよ」
すぐそばで冷静な声が返り、M-Aはすぐ右手を振り返った。
「コーシ!!!」
走り寄ったが、コーシが死体を引っ張っているのを見て眉を寄せた。
「お前何やっとんねん!?」
「…死体同士重なってると腐るまでの足が早くなるし、嫌な腐り方するんだ。せめて一人ずつ土に降ろしてやろうと思って…」
M-Aは平気な顔で作業をするコーシを見て、驚きに目を見開いた。
同時にこの一年で小さな少年が乗り越えてきた試練がいかに困難で大きかったかを悟った。
M-Aに見せた涙に詰まっていた辛さを思うと、胸が突かれるようで言葉を失う。
「嫌だからな」
手を休めずにコーシは言った。
「俺だけここから出されるなんて納得いってねーからな」
M-Aは腕を組むと次の死体を引き摺り下ろす少年を見つめた。
「サキは…以前からお前に戦い方だけは教えたくないとはっきり言っとった」
コーシは少し離れた所まで死体を運ぶと手を払いながら返ってくる。
「…分かってる。だから俺は…」
両手を見つめると、それをきつく握りしめた。
「今日までいつでも、どんな時でも、人を傷つける為には武器を手に取らなかったんだ」
サキに預かったままのナイフを取り出すと頭の上に掲げる。
「俺には俺の闘いがある。この闘いを見届けるまで、それは続いてる。だから俺は最後まで逃げ出すわけにはいかないさ」
静かに言うとM-Aを見上げる。
「悪いな、M-A」
その顔はもう子どものものではなかった。
一端の男の顔を見せたコーシは、M-Aに背を向けると歩き出した。
「何処へ行くんやコーシ…!」
M-Aがその後を慌ててついて来る。
「…仲間を探しに。中央塔へ来てると思うんだけど…」
足を止めもせずに、顔だけ隣を歩くM-Aを見上げる。
「M-A、サキには俺は何処かへ姿をくらませたって言っといてよ」
したたかに笑って見せたその顔は、育ての親によく似ていた。
コーシは思わず立ち止まったM-Aを気にも止めず、そのまま一人で中央塔に消えて行った。
M-Aはがりがりと頭をかくとずっと懐にしまいっぱなしだった煙草を取り出した。
火を付けると肺の奥まで煙を送り込む。
ため息と一緒にそれを全て吐き出すと、空を見上げた。
「…あんなんでも可愛かってんけどなぁ。そんな急いで大人になることないのに…」
ぶつぶつと独り言をもらす。
可愛がっていた一人息子の成長に、淋しいような、嬉しいような、複雑な気分が胸を浸す。
M-Aはゆっくりと一本を吸い終わると、手のかかる親子の為にまた歩き始めた。