中央塔へ
「おい、おいおいおいなんだあれ!?」
階下を見ていたライは第三地域からこっちに走り来るバイクの集団を見ると下に叫んだ。
「お前ら!!急いで登って来い!!」
少年たちが応えるように登りかけの長い階段を駆け上がる。
関所の門を全員くぐったのを確認するとライも北の塔に向けて走り出す。
「ちゃんと第二地域まであいつら運べたのかよ!!」
隣を走る少年に聞くと、息を切らしながらもその少年ははっきりと頷いた。
「はい!!言われた通り、サキの陣営に、運びました!!手当を引き受けてくれました」
答えたのは施設の少年、ホワイトアッシュだ。
彼らは赤い粉でやられた青年たちを、残らず運び出すことに尽力していた。
ライは一つ頷くと速度を上げて赤い絨毯を走り抜けた。
北の塔入に入ると、すぐ右手にある部屋の扉を開ける。
そこには応急処置を済ませたアークルと取り巻き達がすでに準備を終えていた。
ライはさっき見た光景をすぐに報告した。
「リーダー!!第三地域からおかしなバイク集団がこっちへ来てやがるぜ!!みんな白い服に赤い線が入った服と黒っぽいズボンを履いていた。ありゃスラムのもんじゃねーぞ!!」
サタが小首を傾げた。
「集団って、どれくらいの人数なんだ?」
「めちゃくちゃ多いわけじゃない。せいぜい百人程度だ。だか今の状況で新手の百人は戦況を変える恐れもあるぞ!」
アークルは少し考えると窓の外をしゃくった。
「ここにいても何も分からん。中央塔へ移動しよう。サキと合流しておいた方がいいかもしれん」
取り巻き達は頷くと部屋を出るアークルに続いた。
扉を開くと、外で待機していた少年たちが一斉に道を譲る。
アークルの姿を見ると揃って背筋を伸ばした。
アークルは少年たちを見渡すと、静かに言った。
「お前ら、今から第二地域に帰れ」
少年たちは思ってもみなかった言葉に目を大きく開き、猛抗議した。
「リーダー!!?リーダーは最後までちゃんと見届けろって言いましたよね!!?」
「状況が変わった。ここは今から荒れる」
変わらず静かに言うが、それがいつも逆にアークルの気迫を漂わせる。
だが少年たちも今回は珍しく食いついた。
「俺は…嫌です!!ここには自分の意思で来たんだ!!」
「俺もだ!!俺だって…何も出来ないかもしれないけど最後まで戦うんだ!!」
「スラムの変わる様を最後まで見届けるんだ!!俺たちには俺たちの戦い方がある!!リーダーが…教えてくれたんだ!!」
少年たちは口々に訴えると揃って袋を取り出し頭の上に掲げた。
「水と食べ物です!!それから消毒とか、綺麗な布とか包帯です!!」
「ここじゃ手に入れにくいと思って自分たちであちこちから調達して準備してたんですよ!!」
少年たちの思わぬ強い反発に、取り巻き達は目を見張った。
アークルは一度琥珀色の瞳を閉じると、冷たく目を開いた。
「最悪死ぬぞ。俺はお前らを庇い切ることは出来ない」
凍るように冷たく言い放つ。
少年たちは一瞬怯んだが、瞳に力を込めるとはっきりと頷いた。
自分の死を実感したわけではないだろうが、彼らも何かを乗り越えようと必死だった。
「…残るのならば、ここからは自分で考え行動しろ。そしてその責任は自分でとれ。それが条件だ」
アークルは相変わらず冷たく言い切るとくるりと背を向けた。
ウェンズはため息をこぼすとフォローを入れようと顔を上げた。
だがそこで目にしたのは、いつものように怯えながら顔色を伺う少年たちではなかった。
一人一人、決意の色をその瞳に滲ませ精悍に前を向いている。
その足取りにも迷いはなく、アークルを目指して勇ましく歩き出している。
サンドは痛む体をマンドに預けながらも感心して言った。
「こいつら…本当に変わりやがったな…」
ウェンズも少しだけ口元を綻ばせながら少年たちの後ろ姿を見た。
「あぁ。コーシが皆を変え、アークルが一気に開花させたんだな…」
ユーズは顔をしかめた。
「あのチビがそんなたいそうなもんかよっ」
「お前を認めさせたくらいなんだから、たいそうなもんだろっ」
すかさずサタに突っ込まれてユーズは真っ赤になりながら眉を吊り上げた。
「お前らもだろうが!!!」
皆は少しだけ笑うと、気を引き締め直した。
「さて、どんな結末かは知らんが俺らも行くか」
ライが促すと五人は頷き、足を早めた。
少年たちの最後尾を歩きながら、ライは前を見つめたまま言った。
「最悪、俺は自分が死んでもリーダーだけは生き残れるようにするぜ」
サタも振り向きもせず答える。
「当たり前だ。それが結局俺らの生存率が一番上がる」
ユーズは拳に力を込めた。
「誰が相手だろうと関係ない。この手はそのためだけにある」
ウェンズは軽く目を伏せると頷いた。
「元々俺たちがアークルから離れずに日々そばにいたのは、そのためだからな」
サンドは足を引きずりながら少し小さく見えるリーダーの背中を見つめた。
「こんな体でも盾にくらいはなれるからな!俺だって最後までやるぜ」
マンドは黙ったまま一つ頷く。
アークルを通して日々側で過ごしていた取り巻き達だが、この六人の心がこれほど交差したことはない。
変わったのは、あの死体処理場でのやりとり以来だ。
彼らもコーシと関わることで影響を受けたうちの一人だった。
アークルたちが中央塔へ入った数分後に、荒い音を立てながらバイク集団が関所を突破してきた。
そのバイクは普通のものとは違い、大型車より更にいかつい。
そのタイヤは長い階段をものともせずに駆け上がるほど頑丈で、それでいて柔軟性にも富んでいた。
戦地の殿を勤めていたグランには、一目でこの集団が南星座十二軍だと気が付いた。
「ダブルフォークの次は南星座十二軍だと!?ザリーガの奴はどこまで市街の権力者と絡んでやがるんだ!?」
真っ直ぐに戦地の奥を目指すあたり、用があるのはサキかザリーガにだろう。
グランは退路を確保する為に一人関所に走りだした。
「門が…!!遅かったか!!」
辿り着く前に目の前の大きな門が閉じられていくのが見える。
その下には白いシャツを着た強屈な男たちが、手に手榴弾を持ちながら油断なく構えている。
誰もここから出す気はないようだ。
グランはすぐに踵を返すとサキの元まで戻り始めた。