コーシの反発
お腹がいっぱいになったコーシは、ちっともじっとせずにちょろちょろと歩き回った。
何かに興味を持てばしゃがみ込み、または走ってついていく。
主に生き物か、乗り物が好きなようだ。
「コー、そろそろ行かないか?」
カヲルは根気良く付き合っていたが、なかなか思うようにいかない子どもに困っていた。
コーシをどうするかはまだ決めていない。
手を出すようなことは考えていないが、すぐに返す気はなかった。
「あの男との交渉が済むまで何処かに閉じ込めておければ…」
どこがいいかあれこれ考えを巡らせていると、しゃがみこんでいたコーシがいない。
「コー!?」
見渡すと自動四輪にくっついて走っていくコーシの後ろ姿が見えた。
そのまま車通りの多い道に入り込もうとする。
「コー!!止まれ!!そっちへ行くな!!」
カヲルは最速で走った。
まさに風のようにコーシをさらうと、危機一髪で地面に転がり込んだ。
コーシはびっくりして目を瞬いている。
カヲルは体を起すと怪我をしていないかあちこち確認した。
「よかった…怪我はないな?コー、あれは危ない物なんだ。近くで見たいなら、このまま見るんだ」
カヲルはコーシを抱きかかえると路上沿いに歩いた。
コーシは慣れない手に抱っこされて居心地悪そうに身じろぎした。
「だめだぞ、降ろさないからな。ほら、大きいのが来たよ」
指を差すとコーシは大型車に興奮して身を乗り出した。
カヲルは落ちないようにあやしながら道を歩く。
しばらくすると、コーシはうとうとし始めた。
「コー、眠いのか?」
コーシは首を振ったが、その目はどう見てもとろとろと落ちてきている。
カヲルはため息をつくとコーシを抱え直した。
「いい子だなコー。お休み」
その声は意外なほど優しかった。
コーシは安心したのか全てをカヲルに預けて眠った。
つり上がったコーシの目が閉じられると、途端に愛らしさが割り増しになる。
カヲルはしばらくその寝顔を見つめていた。
「やっぱり、こんな子どもを利用するなんて卑怯なこと、僕は嫌だ…」
カヲルは小さく呟くと、元来た道を歩き始めた。
コーシの昼寝が一息付いてからサキのもとに返そうと、できるだけゆっくりと歩いて帰った。
M-Aはあらかたの店をまわると、車通りの多い路上沿いに走っていた。
「おらんな。見過ごしたかすれ違いか?」
西に向かいながら足を進める。
だいぶ行った所で、白い頭が前を歩いているのを見つけた。
「おった!!」
加速をかけると一気に距離を詰める。
カヲルの前に回り込むと大声を出した。
「見つけたぞカヲル!!!お前コーシをどこへ…!!」
カヲルの腕ですやすやと寝息を立てるコーシを見つけると、M-Aは黙り込んだ。
体に染み付いた習慣というか、どんな状況でもコーシが寝ていたら反射的に静かにしなければとつい声を潜めてしまう。
カヲルは眉を寄せるとM-Aを見た。
「…誰だ?てっきりあの男かと思ったんだが」
「サキのことか?お前やっぱり分かっててコーシを連れて行きよったんやな!?」
「黙れ。コーが起きる」
あやすように抱え直すカヲルに、M-Aは困惑した。
「え、いや、だから。お前がコーシを無理やり連れてったん…違うんか?」
カヲルが黙っていると、後ろからもう一人走り寄ってくる気配がした。
カヲルはくるりと振り向くと、声を出される前にコーシが眠っているのを見せた。
猛烈な勢いで走ってきたサキは、まんまと怒声を封じられて前につんのめりそうになった。
「悪いな。言いたいことはあるだろうがコーが起きてからにしてくれないか」
「お前が言うなや!!」
「M-A、どういうことだ?」
男二人が困惑していると、気配に敏感なコーシはふと目を開いた。
「あ…」
「お…?」
「…起きた…」
コーシがきょろきょろと辺りを確認しているので、サキとM-Aは同時に手を出した。
「コー!」
「コーシ!」
コーシはじっと二人を見つめると、最後にカヲルを見上げた。
「ほら行きな。もう一人でうろうろするんじゃないよ」
アメジストの瞳を優しく和らげると、コーシはカヲルにしがみついた。
「おい、コーシ!そりゃないんちゃうか!?」
M-Aがぷりぷり怒るとカヲルは眉を寄せて二人に注意した。
「お前ら、そんな恐い顔してたらコーだって行くに行けないだろっ」
サキは思わず顔に手をやるとまじまじとカヲルとコーシを見た。
「コー、お腹空いてないか?お兄ちゃんにあそんでもらって、よかったな。ほらこっち来いよ」
コーシは思い切り顔をしかめると首を振った。
サキは根気良く声をかける。
「コー、お兄ちゃんも困ってるだろ?」
「あき、めーーっ!!」
思わぬ強い反発にサキは首を傾げた。
「なんだよ。そんなにお兄ちゃんが気に入ったのか?」
コーシはまた首を振った。
懸命に何かを考えている。
「おーる、しゃな」
「は?」
コーシはサキとM-Aを指差した。
「あき、えーえー」
「こ…コーシ!!」
M-Aは初めてコーシに呼ばれて感動した。
「俺とM-A?」
サキは柔軟に思考を広げる。
「おーる、ね。もしかしてカヲルのことか?」
サキに聞かれるとカヲルは頷いた。
「カヲルとしゃな、サナだなたぶん…俺とM-A…」
しばらく考え込んでいたが、サキはカヲルをまじまじと見ながらふと聞いた。
「お前、もしかして女…?」
カヲルは凍りついたように固まった。
サキはコーシに向き直ると、にっこり話し掛けた。
「コー、おねーちゃんと遊んでもらったのか?」
コーシはやっと頷くとサキに手を伸ばしてきた。
サキはコーシを受け取ると、凍りついたままのカヲルを見てにやりと笑った。
「今まで失礼したよ。てっきり少年だと思い込んでたからさ」
同じく凍りついていたM-Aが叫んだ。
「女!?お前女やったんかい!!」
カヲルは青い顔で二人を見た。
「女であることは、もう捨てている。他言は無用だ」
いっそ悲壮感漂う物言いに首を傾げたが、サキはそれ以上は何も聞かなかった。
「わかった。それよりもっと他の話をカヲルとしたかったんだ」
気さくに笑うとカヲルも少し緊張を解いた。
「あぁ、落ち着いて話せる場所に移動しよう」
意外とすんなり受け入れると、カヲルは西区に向けてまた歩き出した。