守りたい
サナは中央塔の裏口を開けると、必死で辺りを見回した。
左手からは争いの喧騒が響き、目の前には高くそびえる塔が見える。
「アカツキ!!アカツキ!!」
名を呼び探すも、そこにはもう人影がない。サナは少し離れた場所に、黒く光るものを見つけて走り寄った。
手に取ったそれは、見覚えのある拳銃だ。
一見普通の型だが、サナは昔この銃が暴発しないカラクリをアオイに教えてもらったことがある。
その見逃しそうな僅かな違いを、サナはしっかり覚えていた。
「アカツキ…!!やっぱりアカツキが近くにいる!!」
拳銃をドレスの裾にしまうと、サナはもう一度辺りを注意深く見回した。
ふと、目の前の塔の扉が揺れ動いているのが目に止まる。
ついさっき、誰かがそこを通り抜けた後のようだ。
サナは躊躇いながらもそっちへ向けて走り出した。
途中で左を見れば派手に暴れまわるサキの姿が目に入る。
「サキ…!!」
サナは少しだけ立ち止まったが、すぐにまた走り始めた。
「サキ…コーちゃん、ごめんね…」
勝手なことをしている自覚はある。
だがもう今はアオイのことしか考えられなかった。
不吉な予感がどうしても胸を騒がせる。
サナは真っ白いワンピースを翻しながら、南の塔に向かってただひたすら走り続けた。
サナを追って中央塔の裏口から出てきたコーシは、その小さくなる背中を見つけると焦りながら叫んだ。
「サナ!!!そっちは駄目だ!!!」
ウォヌの話からすると、その高くそびえた塔は間違いなくザリーガのいる場所だ。
敵の最深部に、サナが一人で向かっている。
「サナ!!!」
すぐ隣で猛威をふるっているサキにも気付かず、コーシは急いでサナを追いかけた。
サナは扉の前まで来ると、さすがに中に入ることに躊躇した。
取っ手にそっと手を置くと、中から耳を劈く拳銃のような音が何発も聞こえる。
サナは思わず首を竦めたが、お腹に力を込めると出来るだけ物音を立てないように中へ入った。
そこは今しがたまで争いが行われていたようで、何もかもがめちゃくちゃに引き倒されている。
その中に、サナが探し求めていた人の姿があった。
「ア…カツキ…?」
消え入りそうな声を落とすと、少しずつその人に近付く。
アオイは、既に立ってはいなかった。
アオイによく似た男がその隣に跪き、首に深く刺さったナイフに手を添えていた。
男はその首のナイフを一気に引き抜いた。
それと同時に真っ赤な血しぶきが空を舞う。
そして男はそのままアオイにナイフを降り下ろそうと振りかぶる。
サナは真っ青になり大声で叫んだ。
「やめてーーーー!!!!」
考えるより先に体が動いていた。
無我夢中で走り出すと、ずっと思い描いていた人の上に覆いかぶさった。
「サナ…!!」
アオイは目を見開くとサナを突き飛ばそうとした。
だが力がうまく入らない。
自分をかばうサナを抱きしめるだけで精一杯だった。
サナは自分に振り下ろされるはずのナイフに身構えていたが、しばらくしても体に衝撃は走らなかった。
顔を上げると、すぐ目の前にアオイのダークブラウンの瞳と視線が絡む。
二人は揃ってキツキを見た。
首から脈打つたびに鮮血を流すキツキは、力なくそこに座り込んでいた。
サナと目が合うと僅かに微笑む。
「ずるいですよ…サナ」
言葉と共におびただしい量の赤が口から溢れ出る。
キツキは手を伸ばすとサナの頬に触れた。
「僕は…結局、あなたにだけは…手をかけられなかった…」
サナの胸に頭を寄りかからせると、キツキは最後に一言だけ言葉を落とした。
「かあ、さま…」
サナの真っ白な服に赤い跡だけを残して、キツキは床に崩れ落ちた。
「キツキ…」
アオイの肩が僅かに震える。
サナはその凍えた肩を守るように抱きしめた。
「サナ、逃げろ」
アオイは視線を上げると苦痛に歪んだ顔でサナを押した。
「アカツキ…!! 血が…!!!」
二階から落ちた衝撃で、背中に刺さっていたナイフはあちこちに飛び散っていた。
だがそのせいで刺さった時より大きく傷はえぐれている。
「やだ…嫌だよアカツキ!!どうすればいいの!?どうやって止めれば…」
取り乱すサナを引き寄せると、アオイはその唇にキスをした。
サナは何が起きたのか分からずにただ固まった。
「サナ。あそこから逃げろ。まだ敵がいる」
「アカツキ!!!」
サナは首を振ると浅い呼吸を繰り返すアオイを抱きしめた。
「どうして…どうして今そんなことをするの!?これが最後に残すキスなのなら、そんなもの私は一生いらないわ!!」
こぼれ落ちる涙は、苦くて。苦くて苦くて、ただ苦しい。
「…帰ろう…。帰ろうよアカツキ…。二人だけの、家へ…」
アオイはサナの涙を拭うと、辛そうに目を細めた。
「…守ってやれなくて、ごめん…」
サナの肩越しに、階段からバリィがゆっくりと近付いて来るのが見える。
その手にはライフルを構え、アオイとサナに照準を定めている。
「心配せずとも二人揃ってキツキのところへ送ってやるよ。復讐するはずが返り討ちに合うとは、つくづくお前の家族は馬鹿揃いだな」
バリィは楽しそうに笑うと、引き金に指をかける。
サナは虚ろな瞳で顔を上げるとアオイの上半身を抱いたまま振り返った。
バリィと目が合ったその瞬間、鉛の弾が発砲される音が大きく響いた。
サナの体がアオイの上に崩れ落ちる。
半分赤く染まった白いドレスが、その動きにひらりと一度宙を舞う。
アオイがサナを抱きとめるのと、バリィが床に膝を着いたのは、ほぼ同時だった。
「サナ!!」
アオイはサナを抱きながら、必死にその細い肩を揺する。
サナの右手には、まだ煙を上げるアオイの拳銃が握られていた。
「サナ!!なんて馬鹿なことを…!!」
響いた発砲音は、サナの撃った音だった。
拳銃など普段は触りもしないサナが撃った弾は、バリィの眉間に穴をあけていた。
至近距離であったといえども、それはありえない偶然だった。
衝撃に耐えきれず一瞬気絶していたサナは、アオイの呼び声に目を開いた。
「アカツキ…」
「サナ…!!どうしてこんな…」
サナはいつものように優しく微笑み、泣きながらアオイにすり寄った。
「だって…私だって、守りたくて…」
アオイは一筋だけ涙を落とすとサナを力の限り抱きしめた。
「サナ…背負わせてごめん…」
「…いいの」
「サナ…」
「…なぁに」
アオイは腕を緩めると新緑色の瞳を見ながら言った。
「愛してるよ」
そのまま引き寄せて口付けを送る。
サナは黙ってそれを受け入れると、少しだけ困ったようにアオイを見つめた。
「…いいの?」
アオイが優しく微笑みながら頷くと、サナの瞳からはさっきとは違った涙が溢れ出した。
「…アカツキ…」
それ以上は言葉にならなかった。
自分だって愛してると言いたいのに、あとからあとから溢れてくる涙が邪魔をして…。
サナはただすがりついて泣きじゃくることしかできなかった。