沈みゆく者
ダニーは青くなるとゼプを振り返った。
「おいゼプ!!本当に大丈夫なんだろうな!?万が一こいつらが負けるようなことがあればどうするんだ!?ザリーガ様はなんて言ってる!?」
ゼプは目の前の殺し合いに恍惚の笑みを浮かべながらダニーを見た。
「何を恐れているのですか。もう少しこの地獄を楽しみましょうよダニー」
「だがもう薬も底をつきかけている!!早く終わらせてあの犬どもを落ち着けないとこっちにまで被害が出る!!」
「弱気なこと言うなよダニー。まだこんなにあるじゃないか」
後ろから袋を抱えたジーバルが姿を現した。
「ジーバル!!やめないか!!それで本当に最後なんだ!!」
ジーバルはゼプに袋を渡すと不気味に笑った。
「もう少し数が減ったら、こいつを奴らの頭上へばら撒いてやれ。すぐに決着がつくぜ」
ゼプは楽しそうに頷いた。
「あぁ、それはいい。君はどうするんだジーバル」
ジーバルは憎々しげに暴れたおしているサキを見た。
「俺は背後から迫りあいつを仕留める。この俺にあんな屈辱を味合わせた奴を生かしてはおけねぇ…」
ゼプは笑いながら小首を傾げた。
「別に構いませんけど、そんなことしに行ったらあなたも僕の撒布する粉にやられますよ?」
「俺がサキをぶっ殺したらそいつを撒けばいい」
ダニーは大声で遮った。
「やめないか!!!そいつを使い切ったらダブルフォークの奴らを押さえつけることが出来ないぞ!!!」
ゼプは興を削がれた顔でダニーを見下ろした。
「バカだなダニー。そうなったらあいつらも全て始末すればいい」
「僕の大事な研究材料だぞ!!」
話の通じないゼプに、ダニーは心底腹を立てた。
「もういい!!僕は今までの資料を持って先に第四地域を出る!!もっと有意義な研究が出来る場所を探すさ!!」
ゼプは顔を曇らせると友人に忠告をした。
「ダニー、あれは門外不出ですよ?薬のことが詳しく世に広がったら厄介です」
「知るもんか!!!」
ダニーは背を向けると歩き出した。
「仕方が無いですねぇ」
ゼプは地面を蹴ると普段なら考えられないスピードでダニーに襲いかかった。
「な、なにするんだゼプ!!!」
一気に手足を縛り上げると所々に赤い粉を振りかける。
「今までご苦労様でした。せめて最後は君が作り上げた者たちに捧げてあげますよ。君も本望だろ?ダニー」
そのままダニーを引きずると白目を向きながら薬を求めて徘徊する男たちの前に放り出した。
「ほら、お求めの薬ならここにありますよ」
「や、やめろゼプ!!!やめろーーー!!」
ダニーの絶叫は、群がり来る男たちの手により断末魔の悲鳴へと変わった。
引きちぎるような嫌な音が続くのを、ゼプは嬉しそうに見つめていた。
ジーバルはさすがに嫌悪に顔を歪めると目を逸らした。
「相変わらず悪趣味な奴だ。俺はサキの首を落としに行くぞ」
その場を離れると一番激しい激突が繰り広げられている場所へ足を早めた。
薬を欲しがる怪物は敵味方関係なく手当たり次第襲ってくる。
ジーバルは思うようにサキに近付けず苛ついてきた。
「邪魔だ!!どけ!!!」
いつもなら力尽くで振り切っただろうが、アークルにやられたあばらと、サキに撃たれた右肩が痛み思うように進むことが出来ない。
怨念だけで動いていたが、その視界にちらりと見慣れた白い髪が映った。
ジーバルはサキより大分手前にいるそれに近付くと、大声をあげた。
「こんな所でなにしてやがるイナザミ!!!」
風のように小太刀をふるっていたカヲルは、痺れるように硬直した。
ジーバルはその反応ににやりと笑った。
「ちょうどいい。来い!!!」
カヲルの腕を掴むと思い切り引き寄せる。
「離せ!!誰だお前は!!」
「誰だと?毎晩毎晩あれだけしてやったのにこの声を忘れたかイナザミ!!」
「違う!!あたしは…もう…っ」
振り切ろうとするがどうやっても体に力が入らない。
「イナザミ!!!」
目の前でその名を呼ばれるたびに体のどこかが呼吸を失う。
「サキの元まで俺を導け!!邪魔なやつは片っ端から切り捨てろ!!いいな!!」
「や、いや…だ。イナザミはもう…」
「イナザミ!!お前はイナザミだ!!!」
ジーバルはがたがたと震え出すカヲルに痺れを切らせた。
胸ぐらを掴むと岩のような拳を振り上げる。
「思い出せイナザミ!!!お前は俺の為の殺人ペットなんだよ!!!!」
カヲルはきつく目を閉じ声を振り絞った。
「あたしはイナザミじゃない!!!あたしはカヲルだ!!!」
「その通りや」
思わぬ声と同時に、体に思っていたのと違う衝撃が走る。
思い切り引き寄せられたかと思うと厚い胸で抱きとめられる。
見上げると大きな頬の傷が目に入った。
「M-A!!!」
「向こうへいっとれカヲル。こいつは俺がかたをつける」
「きさま…っ!!!」
M-Aに横から思い切り殴り倒されたジーバルは、ゆらりと立ち上がると血走った目で吠えたてた。
「許さんぞ!!!貴様もサキもこの手で血祭りにあげてやる!!!」
大きなナイフを取り出すとM-Aに渾身の力で振りかぶる。
M-Aは荒い攻撃を水のようにかわすと隙をついてジーバルの顎に強烈な一撃を繰り出した。
「許さんやて?俺かってお前には色々死ぬほど腹立っとんねん!!!この手でお前と決着着けられるなんて嬉しい限りや!!!」
「しゃらくさい!!!死ねや!!!!」
冷静さを欠いたジーバルの刃先はM-Aの首に向けて思い切り振り切られた。
M-Aはそれが喉に届く数ミリ前で、僅かに右に体を逸らすと無防備なジーバルの後頭部に鉛のような拳を突き込んだ。
骨の砕ける鈍い音が響く。
ジーバルはそのまま倒れこむと、二度と立ち上がることはなかった。
「M-A!!」
蒼白な顔でカヲルが走り寄ると、殺戮の余韻を残したM-Aが右手を振りほぐした。
「カヲル」
その視線の鋭さに、カヲルの体が強張る。
M-Aはぽんと白い頭に手を乗せると顔を見ずに言った。
「お前はカヲルや。それでいい」
次に見下ろしてきた顔はがらりと変わり優しい眼差しだった。
「よぅ頑張ったな」
カヲルは不覚にも涙腺が緩みそうになったが、辺りはまだ戦いが続いている。
すぐに気を引き締め直した。
M-Aもそうこうしているうちに襲い来る怪物たちを殴りつけると、張り切った声を出した。
「さて、こいつらが片付くのももう時間の問題や!!最後まで気合い抜くなよ!!」
「当たり前だ!!!」
言い返すと二人は同時に別々の方向に走り出した。