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Saki & Koshi  作者: ゆいき
それぞれの結末
145/176

想い

ウォヌはコーシの腕を捕らえると力を入れてその足を止めさせた。


「コーシ!!一人で突っ走るな!!それじゃあどうしてやることも出来ん!!」


コーシはウォヌを見上げると腕を振り払った。


「だってサナが…っ!!!知り合いがいたんだ!!こんな所に、いるはずがないのに!!」


シアンブルーはやや遅れて追いつくと荒い呼吸を整えながらコーシを見た。


「し、知り合いだとぉ…?見間違いじゃねーのかよ…!!」

「見間違いなもんか!!!あれは絶対にサナだったんだ!!!」


ウォヌは眉を寄せた。


「…女?」


コーシは頷くと切羽詰まった顔でウォヌを見た。


「長い髪で、真っ白の服を着て…。たぶん、泣いてた…」


ウォヌは思案顔になると顎に手を添えた。


「それは、サキの弱みになるか?」


コーシは少し考えてから頷いた。


「サナは昔、俺とサキと三人で暮らしたことがあるくらいだから…」

「そうか。それでは攫われてきた可能性があるのだな?」

「うん、たぶん。アオイの奴…どうしてサナを守らなかったんだよ…」


最後のはぶつぶつと独り言だったが、ウォヌは納得したように頷いた。


「分かった。そういうことならその女を解放しに行こう」


コーシは頷き返すとすぐにまた走り出した。


「おい、まだ走るのかよぉ!!」


シアンブルーは小さな背中に嘆きの声を上げながら再び足を動かした。

中央塔の中は、気味が悪いくらい静まり返っていた。

廊下を走る三人の靴音だけがやたら大きくこだまする。


「誰もいない…」

「あぁ、やはりもうザリーガの手勢は殆ど尽きているのだろう。さっき怪しげな研究室も見かけたがやはり人の気配はなかった」


ウォヌとコーシは三階まで階段を登り切ると、辺りを注意深く見回した。

少し遅れてシアンブルーが階段を登って来る。


「ど、どうだ?どこにいるか分かったか?」


ぜいぜいと苦しそうな呼吸をしながら言うと、コーシは少しだけ眉を寄せてシアンブルーの背中をさすった。


「大丈夫かよシアンブルー。ちょっと体力なさすぎだぞ」

「俺は!!ただのエンジニアなんだ!!お前らみたいなサバイバル慣れした奴と一緒にするなよ!!」


コーシがなだめながら水を渡していると、ウォヌが廊下の奥を指差した。


「あの一番奥の部屋…。あそこだけ厳重なロック板が見える」

「それだ!!」


コーシはすぐに走り出そうとしたが、またウォヌに腕を掴まれる。


「なんだよウォヌ!!」

「落ち着け。よく見てみろ」


ウォヌは先に前に数歩進むと、何もない空間に手を伸ばした。


「…見えるか?かなり薄くしてあるが、鉄線だ」


ウォヌはシアンブルーから水をひったくるとそこに少しだけ垂らして見せた。

何もないはずの空間に、斜めに張られた線が現れる。


「あのまま突っ込めばズタズタになるところだ。冷静になれ。ここも戦場だ」


コーシは冷たい汗を拭うと深呼吸をしてから頷いた。


「悪い…。本当その通りだ」


ポーチからペンチを抜くと手前の鉄線を一つ切る。

よく見るとその先に何本も何本も鉄線が張られていた。

コーシは固唾を飲むと、丁寧に一つずつ切り開いて行った。


やや時間はかかったが、無事に目的の部屋の前にたどり着く。

コーシは慎重にその扉を二回叩いた。


「サナ…?」


呼びかけてみても返事はない。

コーシは今更ながら見間違いだったのかもと自信がなくなってきた。


「サナ、いないの?俺だけど…」


言い終わらないうちに中から何かをひっくり返したような物凄い音が響いた。


「コーちゃん…?」


震える声で微かに聞こえてきたのは、間違いなくコーシの大事な人のものだった。


「…だから、もうそう呼ぶのはやめて欲しいって…言ったじゃないか」


コーシがあえていつものやりとりを返すと、扉がドンと一つ音をたてた。


「コーちゃん!!!どうしてこんな危ない所に…!!」

「それはこっちのセリフだよサナ。今からこの鍵をなんとかはずすから少しだけ待ってて」


コーシは工具を幾つか取り出すとロック板に手を伸ばした。


「駄目よ!!!その鍵は普通の鍵じゃないの!!アオイ…誰かがこの部屋に来たら、扉ごと吹き飛ぶようにしてあるって言っていたもの!!」


扉のむこうから聞いたことのないようなサナの声が響いてくる。

コーシは手を止めずに言った。


「分かった。サナ、俺がいいと言うまで扉に近付かないで。ウォヌ、シアンブルー、俺にもしものことがあったらサナのことを頼んでもいいかな…」

「お前なぁ、そんなこと…」


シアンブルーが言いかけたが、ウォヌはそれを制した。


「分かった。お前はそれに、集中しろ」

「お、おいウォヌ!!」


焦るシアンブルーの腕を引くと、ウォヌはコーシと距離をとった。


「やめろよ!!コーシ一人に危ないことをさせられるか!!」

「落ち着けシアンブルー。近くにいてもあいつの集中力を削ぐだけだ」


コーシはロック板を凝視したまま、口の端だけを上げた。


「さんきゅ、ウォヌ。シアンブルー、心配すんなよ。おれの得意分野、知ってるだろ?」


シアンブルーはバラバラにされたガラクタの山を思い出した。


「そう…か。そうだ。お前はもともとバラし専門の奴だったな」


シアンブルーはどかりと座り込み胡座をかくとじっとコーシの手つきを見つめ続けた。

ウォヌも腕を組み壁にもたれると静かに奮闘する少年を見ている。

コーシは玉のような汗を浮かべながらも繊細な手つきでロック板のパーツを一つ一つはずしていった。


蓋をあけると複雑な配線と機器類が顔を出す。

瞬きも忘れる集中力で、コーシはしばらくそれを凝視し続ける。

普通ならごちゃごちゃとうるさい配線を残らず切ってしまうところだが、コーシそれには一切触れなかった。


代わりに機器類の小さなネジを片っ端からほどいていく。

気の遠くなりそうな作業が済むと、今度はこれもまた一ミリもないパーツをドライバーではずす。


時間でいえば、一時間くらいコーシは奮闘し続けた。

緊張感に何度も意識がとびそうになったシアンブルーが頭をぶるぶる振った時、かちゃりと小さな音が響いた。

コーシは道具を慎重にポーチにしまうと立ち上がった。


「コーシ!!やったか!?」


コーシは汗をぬぐいながら首を振った。


「鍵が開いただけだ。まだ危なくないとは言えない」

「おいコーシ!!」


ウォヌはバラして剥き出しになっている機械を指差した。

コーシが急いで見るとそれの一部が赤く点滅を始めている。

しかも徐々にそれは早くなってきている。


「まずい!!サナ!!」

「きゃっ…」


勢いよく扉を開くと、サナが転がり出てきた。

離れているように言われたが、どうやらずっとここで待っていたようだ。

コーシはサナの手を取ると走り出した。

ウォヌは機械が変な音を出したのを聞きつけると、サナをひったくり走りを加速した。


「コーシ!!階段に滑り込め!!!」


ウォヌが叫んだのと、爆発音が鳴り響いたのはほぼ同時だった。

三階の窓ガラスが全て吹き飛ぶほど、それは凄まじい威力だった。

四人は爆風に押される形で階下に雪崩れ込んだ。

方向を間違えていたら窓から外に吹き飛ばされるところだ。


「サナ!!!」


コーシが飛び起きると、サナを抱え込むように抱いていたウォヌが顔を上げた。


「…彼女は大丈夫だ」


腕を解いたが、サナは震えながらまだウォヌにしがみついている。

コーシは妙な既視感に動けなくなった。


いつもそうだ。

いつだってサナを守るのは自分の小さな手では役不足だ。

固まってしまったコーシに、シアンブルーが軽く拳をぶつけた。


「危なかったなコーシ。あれ本来なら扉を開けたと同時に爆発するやつだったんじゃないか?お前がいじったおかげで数秒だけ猶予が出来たんだ」

「うん…」


元気のないコーシにシアンブルーは眉を寄せた。


「なんだよ?なんとか皆無事だったんだからよかったじゃないか」

「そう、だね」


コーシが微妙な顔で頷いていると、サナがはっと顔を上げた。


「コーちゃん!!」


ウォヌから離れるとコーシにしがみつく。


「コーちゃん…コーちゃん!!」


自分を抱きしめる腕は、何も変わらず柔らかい。


「サナ、無事でよかった…」


コーシはサナの背中に手を回すと力を込めた。

シアンブルーはサナの新緑色の瞳を見て、コーシがなぜこんなに取り乱したのか納得した。


「そうか…彼女がコーシの…。確かにリトルシャインと同じ瞳だ」


まじまじと二人を見ながらからかうようにウォヌに囁いた。


「あいつ大人びてると思ったら好きな女もやっぱ年上なんだな。しかもかなりの面食いだよこりゃ…」


言いながらウォヌを見ると、怪訝な顔になった。


「おい、どうしたよウォヌ。そんな顔して…」


手を伸ばすとウォヌはそれを遮った。


「触るな。なんでもない」


シアンブルーはウォヌの左腕から滴り落ちる赤い血に気がついた。


「おいウォヌ!!?お前怪我したのか!?」

「騒ぐな。大した傷ではない」

「ウォヌ!?」


コーシはすぐにウォヌに駆け寄った。

だがウォヌは立ち上がると決して傷を見せようとはしない。


「なんでもない。少し破片が当たっただけだ」

「でも!!せめて水で傷をあらわなきゃ…!!」

「構うな、行くぞ。早くここを離れないと爆発音を聞きつけて誰か来るぞ」

「でも…!!」


コーシが食い下がっていると、シアンブルーが素早くウォヌの背後をとった。


「これは…やばいじゃねーか」


ウォヌの左肩に、幾つもの破片が突き刺さり肉に食い込んでいる。

シアンブルーはすぐに決断した。


「コーシ、お前は彼女を連れてすぐに第二地域のサキの陣営まで戻れ。俺はこいつの応急処置を済ませてから後を追う」

「シアンブルー!!応急処置って…こんな所でどうやって!?」

「さっきなんかの研究部屋があったからな。あそこなら純水くらい置いてるだろ」


ウォヌは苛立ち紛れに舌打ちをした。


「俺に構うなと言っている。たとえ倒れたとしてもその場で捨て置けばいい」


コーシは眉をつりあげた。


「そんなこと出来るわけ無いだろう!?」


思わぬ強い反発にウォヌは軽く目を見張った。

コーシは真剣にその瞳を睨み返す。


「ウォヌは俺のことを大事だと言った。俺だって…俺だって同じなんだ」


拳を握るとたまらずうつむく。


「捨ててなんて、行けるわけない。ウォヌもシアンブルーも、俺の大事なやつなんだよ…」


シアンブルーはコーシの頭をくしゃりと撫でた。


「分かってるよ。だからウォヌは俺に任せろって言ってるんだ。後で必ず連れて帰るからな。お前には今彼女を安全な所まで送るというギムがあるんだぜ。好きな女くらいしっかり守ってやれよ?」


一瞬何を言われたのか分からなかったコーシは固まった。

次いでみるみる真っ赤になった。


「シアンブルー!!!」


シアンブルーは豪快に笑うとコーシの背中をばしりと叩いた。


「まぁ頑張れよコーシ。ここは男の見せ所だぜ」


コーシはまだ躊躇いを見せたが、顔を上げると一つ頷いた。


「分かった。ウォヌ、シアンブルー、絶対後で追いついて来いよ」


青年二人がしっかり頷き返したのを見てから、コーシはサナの手を取った。


「行こうサナ!!」


サナは僅かに頷くとまだ震える足で立ち上がった。

コーシはサナにぴたりと寄り添うと支えるように歩き出した。

シアンブルーはウォヌを振り返ると、この先で見た研究室を顎でしゃくった。


「固まってないで俺らも行くぞ。とにかく破片を取り除いて止血だな」


シアンブルーに促されてウォヌも肩を抑押さえながら歩き出す。


「よかったなーウォヌ。両思いみたいじゃねーか」

「うるさい」

「まぁ、そう言うなよ。ついでにいい事教えてやるよ」


ウォヌの生真面目な瞳を覗き込むとシアンブルーはにやりと笑った。


「俺だってお前が大事なんだぜ?」

「…。お前に言われても何も感動しない」

「コーシに言われて感動してたのかよ!!このむっつりめ!!」


無愛想に言いながらもウォヌはシアンブルーに右腕を伸ばした。


「肩をかせ。真っ直ぐ歩けん」


シアンブルーは目をまんまるく開くと、小さく吹き出しその腕を肩にかけた。


「ほんと、お前。不器用なヤツ」


あまり自分の気持ちの変化に自覚のないウォヌは、眉根だけを寄せると黙って友の肩をかり歩き出した。


コーシは中央塔を出ようとしたが、すぐそこで争いが行われていることに気付き外を覗き込んだ。


「なんだか人数がかなり増えてる気がするな…」

「コーちゃん!!!」


サナは悲鳴を上げると合戦と反対側からすごい勢いで走り来る男を指差した。


「サナ!!」


コーシはサナの前に飛び出すと溶接機を取り出した。


「こいつも普通じゃない!!退けるから建物の中に戻って!!」


出力を全開にすると青白い炎を男に浴びせる。

悲鳴をあげながら怯んだところに体当たりをすると、コーシもそのまま一度中央塔に滑り込んだ。


「西側からでよう!!戦地と離れた出口を探すんだ!!」


サナの手を取り長い廊下を走っていたが、広いホールに差し掛かった所でまた白目を向いた男が飛び出して来た。


「サナ!!このまま真っ直ぐ走って!!あの出口から外へ出るんだ!!」


コーシは叫びながら男に炎を向けた。

サナは言われた通り走り出そうとしたが、ホールの向こう側に見えた人影に思わず足を止めた。

見えたのは見過ごすことなんて出来ない人だった。

気が付けばサナは反射的にそっちへ向かい走り出していた。


「サナ!!?」


コーシが慌てて呼んでも、サナの耳には届いていない。

ちらりと見えたのは見慣れたオレンジの柔らかい、髮。


ゼプと同じ髪なのに、サナにはその違いがはっきりと分かった。

もつれる足を必死で動かしながら、ただひたすらその人が消えた方に走る。

間違いない。間違うはずが、ない。

その人影は…


「…っアカツキ!!!」


泣きそうな声で名を呼ぶと、サナはそのままホールを横切り中央塔の裏に消えて行った。

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