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Saki & Koshi  作者: ゆいき
それぞれの結末
137/176

手勢

アークルは古く黄ばんだ紙を一枚広げた。

サキはそれを覗き込むとすぐに何だか気がついた。


「第四地域の地図だな?」

「これは以前あそこに出入りしたマンドが描いたものだ。こいつは岩のように無口な奴だがこういうことは群を抜いて上手い。

かなり正確な地図のはずだ」


アークルがマンドに視線を送ると、彼は黙ったまま頷いた。

サキは頭に叩き込むように地図を凝視した。


「ここがあの階段だな。あの高くそびえる塔の前に、二つの建物があるのか」


アークルは階段から順に指を差した。


「ここに関所がある。まずはここの門をなんとか突破しないことには中には進めない。

次にあるのは北の塔だ。ここにはジーバルとバリィという武器商人が身を置いている」

「バリィ…。あの内戦の時にザリーガに拳銃を提供した武器商人だな」

「そうだ。あいつの武器ルートは謎が多い。今も着々とザリーガに武器を流し込んでいる」


アークルは奥の塔を指差した。


「ここがザリーガがいる南の塔だ。縦に無駄に長く、七階もある。ザリーガの護衛のような男が数人と世話役が六人ほどいる。あとは幹部以外誰も近付けようとしない」

「その割にはえらい詳しいな」


ずっと黙っていたM-Aが口を挟むと、サンドが低い声で吐き捨てるように言った。


「俺が一時あそこに出入りしてたからさ。

意味のない雑用を押し付けられていた。

だが今思えば俺含め集められた奴は、ただ護衛たちの憂さ晴らしのために存在していただけだ」


命からがら逃げ出したことを思い出し、サンドは苦い顔をした。

サキは真ん中の塔を指差した。


「で、ここは何があるんだ?」


アークルはしばらくサキの指先をじっと見つめていた。

長く束ねた髪をふると、目を細める。


「はっきりとは言えない。ここは誰も入ったことがない。かなり厳重に締め切られていたからな。だが…」


ちらりとウェンズを見ると、彼はその視線に応え後を続けた。


「俺があそこへ呼ばれた時は、遺体を運べと言われ男を二人始末所まで運んだ。

その男はその中央塔から連れ出され、見慣れない服装をしていた」


アークルはサキを見ると思案顔になった。


「他にもサタがその塔でかなりの人の気配がしたことを確認している。つまりザリーガの本命の手下は南区の男ではなくそいつらである可能性が高い。

そいつらは一体誰で、何人になるかは検討がつかないがな」


サキは感嘆の吐息をもらすと改めてアークルを見た。


「なかなかの推察力だ。実は俺もその可能性について全く同じ見識を持っている」


腕を組むとサキは瞳に思慮深い色を滲ませた。


「今回のザリーガの闘い方は、なんていうか雑なんだ。まるで俺たちの数を減らす為だけに南区の男を使い捨てているようだ」


M-Aも眉を寄せた。

言われて見ればそういう印象がある。


「なるほど。確かにそうなるとたった百人程度で無謀に突っ込むのは危険やな」


サキは頷くとアークルを見つめた。


「お前の話で確信に変わった。あとは、どういう奴らがいるのか、だな」

「幹部の中にはゼプという男がいる。こいつはパールという薬物を専門に扱っているかなり危険な男らしい」


朝から繰り広げられた闘いを思い出し、サキは思い切り顔をしかめた。


「またゾンビ集団とやりあうってのか?冗談きついぜ」

「それだけとは限らない。あの薬は吸い込むととんでもない吐き気と頭痛に瞬時に見舞われる。血に混ぜるほど後は引かないが、あれを食らうととても戦い続けることは不可能だ」


サキは眉間の皺を更に深めた。


「やはりあれはパールの粉か…」


ロバンが顔に食らった赤い粉は、まさしく問題の薬だったのだ。


「地味やけど吸い込まんようなんか布を皆にもたせたらええんちゃうか?」


M-Aが首をかしげると、アークルはあっさりと頷いた。


「いくらかは防げるはずだ」


サキはしばらく腕を組んだまま沈黙した。

その瞳は地図の一点を見つめながら軽く伏せられている。


まだまだ楽にザリーガまでは辿り着きそうにない。

それにもし中央塔に潜むのがサキの…サキとアオイの予想していた者たちだとしたら、逆に一気に不利になる。

作戦を練り直す時間が必要だった。


「今日はこのまま休戦する。決戦は、明日の早朝から始める」


立ち上がると青年たちを見回した。


「よければお前たちもここで明日までいるか」


アークルはすぐに首を横に振った。


「俺たちの帰りを待つ者たちがいる。明日の朝、関所前の階段に人数を何人か揃えて行く」


M-Aは眉根を寄せた。


「やめとけ。連れて来んのはガキ共やろ?

そいつらまで守っとる余裕はないぞ?」

「あいつらを守るのは俺たちの役目だ。そっちに迷惑をかけるようなことはしない。

あいつらも今自分の手でスラムを変えようとしている。放っては来れないさ」

「でもなぁ…」


M-Aは更に渋ろうとしたが、サキがそれを制した。


「分かった。ただ本気で危険を感じたらすぐ引いてくれ。お前らは、コーが必死で守ろうとしている仲間らしいからな」


アークルは黙って頷くと立ち上がった。


「では明日に」


短く言うと、取り巻きを引き連れて部屋を出て行く。


サキはその敵のボスを目の前にしても終始落ち着き払っていた青年に感心した。


「舞い上がることも怯えることもない。あいつ中々いい人材じゃないか?M-A」

「まぁ、な。でもあいつは陰の体質やな。どっちかっていうとお前よりグラン寄りや」


サキは低く笑と顎に手を置いた。


「違いない。さて、明日は思ったより手勢がいりそいだ。M-A、お前が第一地域で引き連れてた奴らは引っ張り込めないか?」

「エンビエンスたちか。声はかけてみてもええが流石に南区の奴に南区のボスに牙を向けろいうんは難しいんちゃうか」


エンビエンス達はあの後ファイアと合流し、第一地域に火の粉がこれ以上かからないように守りに徹している。


「まぁええか。とにかく行ってくるわ。なんとか口説き落としてくる。できるだけ明日の朝までには戻る」

「あぁ、頼む」


決まるとすぐに行動に移る。

時間はあるようで、あまりない。

サキもM-Aに続き部屋を出るとカヲルの元へ向かった。

カヲルはサキたちと少し離れた頑丈な施設の入り口で中の見張りをしている。


「よぅ、カヲル。あいつらの様子はどうだ?」

「だいぶ意識がはっきりしてきたようだ。まだ苦しんでいる者もいるが…話せる奴もいる」


サキはその中を覗き込んだ。

そこには縄できつく縛られた南区の男たちがぎっしり詰め込まれていた。

あのゾンビ集団の生き残りだ。


「誰か話せる者はいるか?」

「…西区の…サキ!!!貴様ぁ…」


数人の男がサキを見て気色ばんだ。

サキはその男たちに近寄るとしゃがみこんだ。


「まだだいぶ元気みたいだな。お前らなんであんな危ない薬なんか使ったんだよ?死にたかったのか?」


一人の男は噛み付くように答えた。


「ダニーが!!あの野郎が安全な強化剤だと言って皆に配ったんだ!!ちくしょうが!!みんな死んじまいやがった!!」

「ということは打ったのは今日が初めてで、一回きりなんだな?」

「当たり前だ!!あいつら…人のことを虫けらみたいに扱いやがって…」


サキは男をじっと見つめると一つ頷いた。


「おまえらだけじゃないぜ。ザリーガは、第一地域でも第二地域でも南区の男たちを使い捨てた」


男は憤怒の形相になるとわめき散らした。


「あの内戦の時もそうだ!!あいつは味方二百人を虫けらのように暴発する銃を使わせて殺したんだ!!俺はあの場にいたんだ!!」


サキは目を見張った。


「あの場にいたのか…」

「ここにいる奴らはあの時お前の率いる男たちにまんまとあの場に引き入れられたやつが殆どだ」


暴発事件の直後に流れるように逃げ出した南区の男たちということだ。

サキは睨むように男を見た。


「分かっていて、なぜまだザリーガに従う?」

「仕方が無いさ。俺らにはあいつに逆らってまで…行くところはない」

「それは単なる言い訳だ」


男はかっとなると縛られたまま激しく動いた。


「お前に何が分かる!?!?」

「さっき、南区の孤児の代表が俺のところへ来たぜ」


冷たく男を見据えるとサキは淡々と言った。


「あいつらはお前らよりずっと無力だ。大人に振り回されかなりの辛酸を舐めたようだな」

「…それがどうした!?」

「奴らは大人に…ザリーガにこれ以上好き勝手にされない為に知恵を絞り、チャンスを待っていた。

あいつらは耐えに耐え、機を読み、ちゃんと立ち上がった。明日、共に集いザリーガを打つ為に俺たちの隣を歩く」

「…」


サキは一気に纏う空気を冷たくすると一つ足を踏み鳴らした。


「十代の、まだ幼い子どもも明日は戦地に来るんだぜ!?お前らは一体何してやがるんだ!!何をしてきたと言える!!?」


突然の激しい喝に、男は黙り込んだ。

カヲルは固唾を飲みながらサキの後ろ姿を見つめている。

あちこちから上がる呻き声だけが、しばしの間重い空気を埋めた。


喚いていた男はがっくりと肩を落とすと力なく項垂れた。

サキは立ち上がると六十人近くいる呻く男たちを見回した。


「もう少し落ち着いたら水と食べ物を持ってくる。薬が完全に切れたらその縄も解く。

後は、自分で考えて動くんだな」


ばっさりと言い捨てると部屋の扉をくぐった。

カヲルは急いでその背中を追う。


「サキ、本当に解放するのか?」

「あぁ。カヲル、ユカンを呼んでくれ。あいつにあそこを見張らせる」


カヲルは軽く目を見張った。

ユカンはM-Aとよく似ていて、どんな男達とでも打ち解ける特技がある。

サキの狙いに気付くとカヲルは思わず苦笑した。


「ユカンも気の毒に。あいつらを口説き落とさせて明日参戦させるつもりだな」

「ちゃんと俺は自分で揺さぶりの種を蒔いたぜ?人には役割ってもんがあるんだ」


にやりと笑うとサキは右手を軽く上げ、そのまま軽快な足取りで戻って行った。


残されたカヲルはため息を一つつくと、その足でユカンを探すために東区の溜まり場に向かった。

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