意外な申し出
サキが第二地域に戻ってきたのは、まだ明々と人工太陽が照らされる昼時だった。
負傷者の手当てを優先し、なんとか第四地域に偵察を送れないか試みる。
このまま無謀に突っ込むことは、サキの第六感がどうしても許さなかった。
「さて、どうしたもんか…」
一人外の外れに立ち遠くを見つめていると、一台のバイクが物凄いスピードで来ては少し離れた場所に止まった。
「おぅサキ!!今日はえらい早く引き上げたんやな」
「M-A!!カヲル!!」
サキは破顔すると走り寄った。
カヲルはするりとバイクから降りると、苦い顔をしたままサキに頭を下げた。
「サキ、すまない。お前の代わりにコーシを探しに来たはずなのに…」
サキはなんでもない顔で笑うと小首を傾げた。
「俺こそあの時取り乱して悪かったよ。
とりあえず無事に戻ってくれてよかった。
カヲルの顔を見たら西区の奴らも元気づくだろ」
M-Aは納得のいかない顔で二人を見た。
「お前ら…。一番迷惑かかっとんのはこっちやぞ。俺に礼はないんかい俺に!!」
サキはにやりと笑うと相棒の厚い胸に拳を当てた。
「何言ってんだよ。それがお前の性分だろ?」
「阿呆か!!人を苦労性みたいに言うな縁起悪い!!」
カヲルもサキには言えてもM-Aにはどうしても素直に礼など言えない。
今朝のやり取りを思い出すだけでもう難しい顔になり、ぼそりと言った。
「日頃の行いだな。自業自得だ」
「カヲル!!覚えとらんやろうけどかなりお前捕まえんのに苦労したんやぞ!?」
サキは二人を眺めると含みのある笑みを向けた。
「そう吠えるなよM-A。昨夜充分カヲルに落とし前つけさせたんだろ?」
「全然足りるか!!」
「サキ!!」
二人は同時に叫ぶとともに睨み合った。
「この戦が終わったらもう一回話し合いやぞカヲル」
「そんな義務はない」
不穏な空気だが、どちらかというといつものやり取りだ。
サキは久々に味わうホームの空間に、今まで張り詰めていた心が少しだけ緩むのを感じた。
「お前らがいると何でも出来る気がするな」
思わずもらした言葉に、M-Aがすぐ反応した。
「なにガラにもなく感傷的なこと言うとんねん。そういえばアオイは?」
サキは首を振ると腕を組んだ。
「分からん。単独行動するっつったきり音沙汰がない。まぁあいつなら大丈夫だろ。
そのうちひょっこり出て来るさ。…それよりM-A」
サキはできるだけ平静を装って、ずっと聞きたくても聞けなかったことを聞いた。
「コーは?」
M-Aは難しい顔で腕を組むと、最後にコーシに会った時のやり取りを簡単に話した。
「ってわけで、あいつは今まだどこにおるかわからん。ただどこかからは絶対お前を見てるはずや」
「そうか…。そんな仲間があいつにもできたのか」
最後に西区で見た幼い笑顔を思い出すと、サキはなんだか複雑な気分になった。
「あいつ、ちゃんと笑ってたか…?」
M-Aはコーシの涙が頭にちらついたが、それをわざわざ話したりはしなかった。
「そうやな。わりといつ見ても楽しそうやったぞ」
カヲルは憂いを帯びたサキの瞳を覗き込んだ。
「次の戦いが始まったら、コーシがいないかあたしが目を光らせておくよ」
「あぁ、頼む」
サキが短く返事をすると、その背中から声がかかった。
「サキさん!!」
呼ばれて振り返ると中央区の男が息を切らせなが走り寄って来る。
「やっと見つけた!!サキさんに客だ」
「客?」
訝しげに眉を寄せるサキに、男は畳み掛けて言った。
「若い男なんだが、南区でコーシを預かっていたと言っていた。どうします!?」
サキが中央区で大暴れしたせいで、コーシが南区で行方不明なことは大体の者が知っている。
「すぐ行く」
サキは言うより早く歩き出していた。
M-Aとカヲルもすぐにその後に続いた。
男は空いた家の一つにサキを案内した。
「…この中で待ってます」
「分かった。お前は下がれ。他の誰も近寄らないように伝えておけ」
言い捨てるとサキは迷わず中へ入った。
薄暗い部屋にいたのは、七人の青年だった。
部屋に現れたサキを見ると、青年たちの顔がさっと強張る。
サキはその中でも一人冷静に見つめ返して来る青年に一歩近づいた。
「俺がサキだ。お前は?」
「…アークルだ。こんなにすぐあんたに会えるとは思わなかった」
「コーが…コーシが世話になったらしいな」
「あいつに世話になった者が多かったのはこっちのほうだ」
サキは目を丸くした。
「世話に…って、あのちっこいコーにか?」
アークルは小さく頷いた。
「そうだ。あいつは小さくなんてない。大した器と度胸を持ってるな」
サキは顔を輝かせると手をとらんばかりの勢いでアークルに迫った。
「本当か!?あいつ何してた?あいつが守りたい仲間っていうのはお前らのことか?」
青年たちは中央の獅子と呼ばれている男の、予想外に人間味のある反応に目を見張った。
サキの後ろから入ってきたM-Aは苦笑しながら友の腕を掴んだ。
「サキ、そんながっつくなや。みんなどん引きしとるやないか」
M-Aを見ると、青年たちは顔を改めた。
アークルはM-Aに向き直るとひたとその目を合わせた。
「俺たちは第一地域での戦いを最初から最後まで見ていた。あんたの言葉を聞いて、ここへ来る気になった」
M-Aは頭をかくとなんとも言えない顔をした。
「えらい熱いところを見られてもたんやな」
アークルたちはあの時、自分たちの倒すべき敵はサキではないという結論を出していた。
「俺たちはこの腐ったスラムを変えたい」
M-Aはにやりと笑うと一つ頷いた。
「それなら俺らとやりたいことは同じや。
なんとかしたるからもう少し待っとれ」
アークルはサキに視線を戻すと首を横に振った。
「このまま第四地域に行っても、あんたたちはきっとザリーガにやられる」
サキは鋭く目を細めた。
「アークル、お前あの中を知っているのか」
青年は小さく頷いた。
「ザリーガは俺たちを脳のない便利な使い捨ての駒だと思っている。俺たちは何度かあそこで腐った仕事をさせられていた」
M-Aは目を見張ると青年たちを一人一人見た。
「おいおい、ありがたい話やけどお前らは南区の人間や。いくらなんでもこのままじゃ丸呑みにはできんな。何か見返りでも期待しとんのかい」
がたいのいい青年が色めきだったが、アークルは低く笑うとM-Aを見た。
「見返りならある」
サキはアークルの琥珀色の瞳を見つめた。
アークルは落ち着き払って言った。
「ことが全て済んだら、コーシが欲しい」
サキたちだけでなく青年たちもリーダーの発言に大きく目を見開いた。
「俺たちの知りうる情報は全て提供する。
必要なら戦力の提供も出来る。あんたはザリーガを何としてでも打ち、このスラムを根底から変えてくれ」
サキはアークルの真剣な眼差しを黙って受け止めた。
そこには思いつきなどではない、揺るぎない決意の色がくっきりと浮かんでいる。
「…分かった。ザリーガの野郎は誓って打ち取る。ただ…」
顎に手を置くと難しい顔をする。
「コーは…俺のものってわけじゃない。アークルが口説く分には邪魔はしないが、俺があいつをやるって約束は出来ない」
「コーシが頷けば貰っていいんだな?」
「それがあいつの意思なら構わないさ」
M-Aも、扉にもたれて見守っていたカヲルも思わずサキの後ろ姿を見た。
コーシがいなくなっただけであれほど暴れたのに、このあっさりとした返事が意外だった。
サキは不敵に笑むと腕を組んだ。
「よし交渉成立だ。早速色々聞きたいことがある。あっちに部屋を用意させるから少しだけここで待っててくれ」
すぐに踵を返すと、M-Aとカヲルを引き連れてサキは部屋から出て行った。
青年たちは詰めていた息を吐くとアークルを見た。
「本当に良かったのかよリーダー」
サンドが聞くとアークルは視線をあげた。
「お前ら、サキにどんな印象を持った?」
「どんなって…」
ライは腕を組んだ。
「俺は悪くなかったぜ?もっとこう高圧的なのかと思ったが意外と砕けた雰囲気だな」
サタも頷いた。
「だが、やはりこう、上に立つ者の貫禄もあった」
ウェンズはどこか面白そうに笑った。
「子を見れば親がわかるというが、その通りだな。サキからはコーシと同じ気配がする」
ユーズも何度も頷いた。
「あのクソ生意気な視線はまさしくあいつのから受けついでやがるな」
皆が笑い声をあげると、リーダーは口の端を上げて頷いた。
「決まりだな。サキにザリーガを打たせて俺たちはコーシを手に入れる。そこからがこの南区を立ち直させる第一歩だ」
青年たちはリーダーの掲げた目標に、不敵に笑うと揃って頷きを返した。