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Saki & Koshi  作者: ゆいき
それぞれの結末
134/176

コーシに宿るサキ

コーシはぼんやりと窓の外を見ていた。

すぐそこの明かりが灯った一角に、サキがいる。

M-Aもいる。

西区の皆も中央区の知り合いもいる。

昼間の合戦を思い出すと、コーシの心はざわりと騒ついた。


「あのバイク、いじっといてよかったな」


シアンブルーは温められた白湯を一つコーシに渡すと、椅子を引き寄せ隣に座った。


「勝手に入っといてなんだけど、なーんか人ん家って落ち着かねーな」

「うん…」


コーシは力なく頷くと白湯に口をつけた。

第二地域での合戦を、コーシはずっと見つめていた。

そこには普段見せもしなかった男達の姿があった。


コーシはサキがいつも懐に隠しているナイフを引き抜いたのを、初めて見た。

いつもあんな気さくで馬鹿な冗談ばっかり言ってるM-Aが、容赦無く人を殴り倒しているのを初めて見た。

はっきり言って、ショックを受けた。

コーシはサキが何をしているのか分かっていた気になっていた自分を殴ってやりたかった。


「なんだよ。えらく落ち込んでるな」


シアンブルーは明かりの見える窓の外を覗いた。


「やっぱり戻りたいか…」


コーシは首を振った。


「違うよ。ただ…自分が今まで子ども扱いされてたことを痛感しているだけ」


その瞳は、年齢を思うとよっぽど大人びている。

シアンブルーはコーシの鼻先を指で摘まんだ。


「いーいこと教えてやるよコーシ。お前は、まだ子どもなんだよっ。もっと子どもらしい顔しやがれ」

「いひゃーいー!!」


シアンブルーはけらけら笑うと鼻をさするコーシを見た。


「お前は偉い奴だなコーシ。ちゃんと現実を受け入れる器がある」


急に真面目な顔になると、シアンブルーは真っ直ぐコーシの瞳を見つめた。


「今日、お前の育ての親を初めてこの目で見た」


コーシはうつむきそうな自分を叱咤し、きちんと受け入れるようにシアンブルーの視線に応える。

シアンブルーは淡々と続けた。


「俺は西区のサキが心底憎かった。憎んでいると、思っていた。でも本人を見た瞬間、俺が憎んでいたのはサキじゃない事に気付いたんだ」


コーシはその目を瞬いた。

シアンブルーはほろ苦く笑うと頭をかいた。


「俺は勝手にお前の親を憎むことで、そいつに悪を押し付けることで全ての現実から目を背けてたんだ。…馬鹿だよな、今更気付くなんて」


熱い白湯を一口飲むと、カップをテーブルに置く。

シアンブルーはコーシに向き直ると深々と頭を下げた。


「コーシ、もう一度謝らせてくれ。本当にすまなかった」


コーシは慌てて頭を上げさせた。


「や、やめろよシアンブルー!!俺は…」


カップに揺らめく湯気を見つめながら、コーシは言いにくそうに言った。


「俺は、あの時…嬉しかったんだから。

俺の正体を知っても、シアンブルーも、ウォヌも…迎えに来てくれた。…だからもう、いいんだ」


カップの中身を一気に飲み干すと、コーシは椅子から立ち上がった。


「明日も、現場を見に行ってもいいかな?」


シアンブルーはすぐに頷いた。


「あぁ、俺も戦況は気になるしな」


シアンブルーも立ち上がると二人は適当な床に転がった。


「シアンブルー」


背中を向けたままコーシは静かに言った。


「…ありがとう」


シアンブルーは何も答えなかった。

ただ寝たふりをしながら、じっと右手の甲で目元を押さえ続けていた。

ウォヌは話し声が途絶えて数分経ってから部屋のドアを開けた。

床に転がる二人に適当に見つけてきたブランケットを一枚ずつかける。

じっと二人を見下ろすと僅かに口元をほころばせた。


「…よかったな」


どちらにともなく言葉を落とすと、そのまま外を見張るために自身はそのまま扉の向こうに消えた。


翌朝はかなり早朝から動き始めた。

コーシはいつものポーチを腰につけると簡単な身支度をした。

きちんと顔を洗い口をゆすぐと残りの水で髪を整える。

シアンブルーは毎日欠かさず同じ行程で身支度するコーシに感心した。


「お前変な所できっちりしてるよなぁ」

「きっちりってほどでもないさ。なんていうか、習慣かな」


コーシはまた少し伸びてきた髪を引っ張ると見つけた紐で一つにくくった。


「この前切った時もっと切っとけばよかった」

「いやぁでもお前はあんま短くしない方が似合ってるぜ」


せっかく調えた頭をくしゃりと撫でていると、ウォヌが部屋へ戻ってきた。


「あっちも動き出しているぞ。支度はできたか」

「ウォヌ!ずっと外にいたのか?寝てないんじゃないか?」


コーシが聞くとウォヌは口の端だけ上げた。


「そこそこ睡眠はとったさ。まぁもともと眠りが浅い方だからな、大丈夫だ」


ウォヌは踵を返すと外へ戻って行った。

部屋を元のように片付けると、コーシとシアンブルーもすぐに外へ飛び出した。


「今日は第三地域で激突するはずだ。行こう!」


コーシは気合を入れると足早に歩き出した。



適度な岩陰に隠れ、始まった合戦を見ていた三人は凍りついた。


「な、なんだよあれ…」


シアンブルーは第四地域の階段から降りてきた異様な集団に息を飲んだ。


「人間なのか?ほら、あいつなんか腕を切り飛ばされてるのに全く動じてねぇ…」


ウォヌも難しい顔で言った。


「あれは…薬の一種でも使ったのか?だがあそこまで異様に感覚麻痺するようなのは聞いたことがない。なんにせよこのままじゃ長引くぞ」


コーシは戦況を掴もうと、戦う男達を目を逸らさずに見ていた。


「何か…しようとしてる」


コーシのつぶやきに、ウォヌも戦場を見た。

合戦から少し離れた所で何人かがタンクを持って走っているのが見える。


「何かを蒔いているな。なんだ?」

「ウォヌあそこ。あの最後に合流した二人だ。あれ…火を付けるつもりじゃないか?」


シアンブルーも低く唸りながら二人の見る先を凝視する。


「火だと?なるほど、確か薬やってる奴って異様に火を怖がるって聞いたことがある」

「あれだけの油、どこからかき集めてきたんだ?」


コーシが首を捻っていると、ウォヌが声を上げた。


「おい、あれまずいんじゃないか?」


つられて視線を向けると、火をつけようとしていた二人の頭から水をかけられた瞬間を目撃してしまった。


「うわっ、やられたぞ!?」


シアンブルーが思わず声を出す。

コーシは無意識にポーチに手をやった。


「行くなよコーシ。あんな危ない連中のそばには行かせないぞ」


敏感にコーシの動きを察知したウォヌはコーシの肩を掴んだ。


「ウォヌ!!」

「だめだ」

「どうして!?」

「お前を危険な場所へは行かせない」


コーシは目を瞬いた。

ウォヌはむっつりと顔をしかめると、コーシをシアンブルーの方へ押し付けた。


「何かしたいなら俺に言え。俺が代わりになんでもしてやるから」

「…ウォヌ?」


ウォヌは背中を向けるとコーシの少し前で戦場を覗き込みに行った。

シアンブルーは小さく笑うとコーシの耳元で言った。


「あいつ、怖いんだとよ」

「え!?」

「大切な奴が出来たことが。そいつがもしまた傷付いたらと思うと、怖いんだと。一度自分の手で刺しちまったからトラウマにでもなったんじゃねーの?」

「それってまさか俺のこと?」


シアンブルーはウォヌに聞こえないようににやりと笑いながら言った。


「愛されてるなーお前」


コーシは何とも言えない顔になった。


「告白ならされた。友愛だよ友愛」

「女ならよかったのにとか言ってやがったぞ?」

「うげっ…」


シアンブルーは笑いながら顔をしかめる年下の友の鼻を摘まんだ。


「おんまえ気をつけろよ?顔も悪くないし、その生意気さは服従させたくなるし、なんていうかほのかな色気があんだよお前。意外とそそるんだぜ?」


コーシは真っ赤になるとシアンブルーの手を払いのけた。


「そんなの知るか!!変な目で見るなよ!!」

「俺はそんな趣味はねーぜ?ウォヌの奴も変なことは求めないだろうけど。

とにかく、お前が少しは自覚して気をつけろって言ってんだ。まぁ女を引っ掛けるのには苦労しなさそうだけどな」

「…すでに苦労してる…」


不貞腐れたコーシを見ると、シアンブルーははたと手を打った。


「そうか、お前想い人いたんだっけな!!」


優しい新緑色の瞳を思い出すと、コーシはなんだかたまらなく人肌が恋しくなった。


「…うん、たぶん」


このままサナに会えないのは嫌だった。

コーシは絶対にこんな所で死なないと腹を括り直した。


「おい、サキが何か仕掛けるみたいだぞ」


ずっと戦場を凝視していたウォヌが振り返った。

コーシはすぐに隣に駆け寄るとサキを探した。

シアンブルーもその後ろから覗き込む。


「なんだ?一体どうしようってんだ?」


異様に固められた南区の男たちを見ると、コーシは直感で叫んだ。


「油の輪の中だ!!火を付けてあいつらを炎で取り囲む気だ!!」

「何!?でもどうやって火をつける!?」


シアンブルーが言うとウォヌがサキを指した。


「拳銃だ。あんなもので火がうつるのか?」


気が付けばコーシは走り出していた。

考えるより先に体が動いていたのだ。


「コーシ!!」

「あの馬鹿!!」


二人の青年が慌てて後を追う。

コーシはポーチに手を滑らせると溶接機を取り出した。

サキは今火を欲している。

そしてそれは自分の手の中にある。

コーシに迷いはなかった。

頭で考えたわけじゃない。身体中が勝手に反応している。


「サキ!!!」


火を吹かせるとそのまま油の輪に引火させる。

目の前に凄まじい勢いで炎が上がった。


「コーシ!!」


巻き上がった風に煽られ、尻餅をついたコーシに二人が走り寄る。


「ここを離れるぞ!!巻き込まれる!!」

「えらいことやったなお前!!早く立て!」


急かされながら立ち上がると、コーシは自分のしたことに呆然とした。


「俺…」

「いいから来い!!」

「俺が担ぎ上げようか!?」


コーシはシアンブルーに首を振ると、とりあえず走り始めた。


体はまだ脈を打っている。

こんな感覚は初めてだ。

コーシは走りながらもまだ身体中に残るサキの感触に拳を握りしめた。

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