コーシサイド
「コーシ、始まった!!」
シアンブルーは第一地域まで見渡せる高台から叫んだ。
すぐにコーシが駆けつけると、シアンブルーは遠くを指差した。
「あそこだ!!もう合戦が始まってる!!」
人が蟻のようにごちゃごちゃと密集しているのが見える。
コーシは目を凝らしたがここからじゃ誰が誰だかよく分からない。
「シアンブルー!!俺近くまで行って来る!!」
コーシは高台を滑り台のように降りると、すぐさま走り出した。
「コーシ!!ちょっと待てよ!!戦場に近づくな!!」
シアンブルーは急いでコーシの後を追った。
コーシは慣れた道を走りながら違和感に気付いた。
「…人がいない」
通りには人っ子一人いなかった。
男たちだけじゃない。
女や子どもの姿も全く見当たらない。
「皆…居住地に詰めているんだ…。女子供も参戦させるって言ってたもんな…」
コーシは施設の皆があの争いの地に出向いていないかだけでも確かめたかった。
「おいコーシ!!」
「ウォヌ!!」
呼び止められて足を止める。
ウォヌは先に第一地域に視察に行っていたはずだ。
「ウォヌ!!皆は!?あそこにいるのか!?」
コーシはすがりつくようにウォヌの服を握りしめた。
「落ち着け。皆は前線には出ていない」
「本当か!?」
安堵の息をもらすと、コーシは力を抜いた。
ウォヌはコーシの手を服から剥ぎ取ると第一地域を見た。
「あそこには近づかない方がいい。女たちは煮え湯と石を準備していた。迂闊に居住地に踏み込むと巻き込まれるぞ」
「でも!!」
コーシの腕を掴むとウォヌはさっさと反対方向に歩き出した。
「おい、ウォヌ!!離せよ!!」
コーシが喚いていると前からシアンブルーが追いついて来た。
「おーいたいた!ウォヌ、よくそいつを捕まえてくれた。コーシは足が速いのなんのって…」
コーシは不貞腐れるとウォヌの腕を振り切った。
「俺は見つかるようなヘマはしない!!途中でアークルたちが参戦しないか見守るだけだ!!」
ウォヌは冷静に見下ろすとコーシの頭を軽く小突いた。
「それだけじゃないだろ」
「…」
黙り込んだコーシにため息をつくと、ウォヌはシアンブルーを見た。
「シアンブルー、俺がこいつを第一地域に連れて行く。戦地に飛び出すようなバカはしないと思うが、危なそうなら引きずって帰る」
シアンブルーは難しい顔で黙り込むと腕を組んだ。
「…俺も行く」
ウォヌは軽く目を見張った。
「いいのか。こいつが見たいのは、育ての親だぞ」
それはすなわちサキのことを指す。
シアンブルーにあれほど憎しみを抱かせた張本人を目の当たりにするのだ。
コーシは拳を握ると俯いた。
「ウォヌ…やっぱりいいや」
消え入りそうな声で言うと、シアンブルーを見上げる。
「悪い…自分のことしか考えてなかった」
シアンブルーはコーシの耳を思い切り引っ張った。
「この耳は何も聞こえてないのか?俺は一緒に行くっつったんだよ!!」
「痛い痛い!!」
コーシを離すとシアンブルーは先に歩き出した。
「ほら、行くぞ!!言っとくが俺がまた頭に血が上ったらお前が止めるんだぞウォヌ!!」
ウォヌは僅かに眉を寄せたが、何も言わずにシアンブルーに続く。
コーシは痛む耳を押さえながらも、緩む口元に力を入れて二人の理解者の背中を追った。
第一地域に入り、居住地に近付くとウォヌは二人を制した。
「待て、戦況が何かおかしい」
さっきまでは居住地の向こう側で合戦が行われていたのに、南区の者たちは今居住地のど真ん中で挟み撃ちにあっている。
それなのにそこは異様に静かだった。
三人が身を隠しながら近付くと、一人の男の声が聞こえてきた。
「M-A!!」
コーシは思わず身を乗り出してその姿を探した。
「顔を出すな。…知り合いか?」
ウォヌに引っ張り戻されたコーシは小さく頷いた。
「前に…俺に会いに施設に来ていた奴だよ」
シアンブルーは顔をしかめた。
「あん時の奴か…」
ここからでは何を言っているのかまでは分からない。
もう少し近付こうかと思案していると、信じられない光景を目の当たりにした。
なんと南区の男達が道を譲り渡し、敵がその間を悠々と進み出して来たのだ。
「な、なんだ!?あの男一体何をしやがったんだ!?」
シアンブルーが仰天しているとウォヌは二人の腕を引っ張り建物の影へ押し込んだ。
「こっちへ来る。静かにしろっ」
コーシは物陰から集団の先頭を歩く男を凝視した。
その揺るぎない姿は、記憶の中の人と全く変わりない。
「サキ…」
無意識に小さく名前を呼ぶ。
走り出したい衝動を必死で抑え込み、手に力をありったけ込めた。
集団が全て通り過ぎると、ウォヌはコーシを見て言った。
「まだ俺の腕が必要か」
コーシはウォヌにしがみついていたことに気付いた。
「や、あの、悪い」
握っていたのはウォヌの腕だった。
真っ赤に染まったその腕を見ると、ウォヌはコーシを見た。
「行かなくてよかったのか」
コーシは俯いたまま頷いた。
「今は、行かない」
シアンブルーは何か言おうとしたが、その前に見知った人影を見つけて指をさした、
「リーダーだっ!!」
コーシは弾かれたようにそっちを見た。
居住地を挟んだ反対側の影に、去って行く七人の背中が見える。
「アークル…」
「取り巻き連中もだな。さっきの合戦を視察していたみたいだな」
三人は揃って顔を見合わせた。
「どうするつもりなんだろう…」
コーシが不安そうに言うと、青年二人は揃って首を傾げた。
「まぁ、リーダーなら大丈夫だろ」
シアンブルーが言うとウォヌも頷いた。
「利用されて朽ちるようなことはしないと言っていたからな」
自信有り気に言う二人にコーシは不思議そうに目を瞬かせた。
シアンブルーは苦笑するとコーシの頭を軽く叩く。
「お前が出て行ったあの後、まぁ施設内でも色々あってな。今は皆リーダーの元にいい感じでまとまってるはずだ」
その時の自分を思い返すとなんとも気恥ずかしくて、シアンブルーは言葉を濁した。
まだよく分からない顔をしているコーシを置いて、ウォヌは通りに出た。
「コーシ、早く行かないとこの先で次の争いが始まるんじゃないのか」
コーシは急いで立ち上がった。
「そうだよ!!俺たちがいじったバイクが出て来るはずだ!!行こう!!」
三人は頷きあうと第二地域に向けてまた走り出した。