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Saki & Koshi  作者: ゆいき
それぞれの結末
132/176

第三地域

ダニーは興奮しながら薬をばら撒いた。


「ついにこの薬の威力が見られるのか。みんないい記録を残してくれよ!」


強屈な男たちは半信半疑で注射針を取った。


「本当にそんなにいい強化剤なのか?」

「危ないやつじゃねーだろーな」


ダニーは自信たっぷりに頷いた。


「そりゃそうさ。なんと言ってもザリーガ様のお墨付きだ。

効果は、そうだな。もって三時間ってとこか。それまでにちゃんと全滅させるんだぞ?」


男たちは薬を自分に打つと互いに顔を見合わ

せた。


「どうだ?」

「どうって…いや別に…」


ダニーは大体皆が薬を打ったのを見渡すとベルを取り出した。

リーンと澄んだ音が響き渡る。

するとそれまでざわついていた男たちが一斉に恍惚の表情を浮かべ始めた。


「さぁ、親愛なる戦士諸君。僕と共に君たちの敵を蹴散らしに行こう!!」


もう一度ベルをならすと、男たちはフラフラとダニーの後に大人しくついて歩き出した。


第三地域は工場や店が点在していた。

密集しないのは、互いに自分の店だけを守っているからだろう。

不思議な光景だが、これも南区が広すぎる故に出来た構造だ。


サキは東区部隊を前線に寄せると、その後ろに西区、中央区の動ける者たちを配置した。

こちらの数も減ってきている。

第三地域で出来るだけ早くかたをつけてその勢いで第四地域に駆け上がれれば理想的だ。


「まぁそんなに上手くはいかないだろうがな」


ぐるりと辺りを見渡せばどの店も工場も締め切られ、中からこちらを伺う沢山の視線を感じた。

どうやら南区の奥に住む住人たちはここへ皆避難していたようだ。

点在していた店を抜けると、何もない荒野が現れる。その先の渓谷の上が第四地域だ。


「サキさん、来ました」


第四地域へ入るための階段から、ぞろぞろと男たちが降りて来るのが遠目からも分かる。

その動きは統制など取れておらず、どこか緩慢な動きだった。


「お…多い!!」


その数は次から次へと増えていく。

こちらの予想は二百。

だが今階段から降りて来る男の数はその倍ほどもいる。


「まさか…!!ここで全てを使い切るつもりか!?」


ユカンは驚愕に目を見張った。

そんなことをすれば第四地域には従う者のいない裸の王様がいるだけになる。


「どういうことだ?じゃあここでこいつらを倒せばほぼ終わりということか?」


反対側ではロバンも首を捻っていた。

サキは荒野の真ん中で全隊を止めると、横に扇形に広がるように隊列を組換えた。


「これは簡易突破は到底無理だな…。ロバン!!ユカン!!」


二人の隊長を呼ぶとサキはぐるりと荒野を見据えた。


「合戦が始まったらすぐにあの準備を整えさせろっ。俺の合図をよく聞けよ。数が倍になろうと関係ない。とにかくあいつらを取り囲むようにラインを引くんだ」


二人はしっかり頷くと元の場所へ戻って行った。

前方からゆらゆらと近づいて来る男たちを見て、サキは眉を潜めた。


「…先導者がいない…?誰があいつらをまとめてやがるんだ?」


訝しく思っていると、どこからともなく澄んだベルの音が響き渡った。

すると妖しく蠢いていた男たちが、急に猛烈な勢いでこちらへむけて走り出した。

サキはナイフを引き抜くと東区の男たちを振り返った。


「くるぞ!!いいか!?容赦はするな!!あいつらの首を叩き落とせ!!」


一声吠えると自らが先頭を切って突進する。

サキは宣言通り二本刃をクロスさせると辿り着いた男の首を力任せに掻き切った。


「サキさんに続け!!」


男たちは次々と迫り来る男を迎え打った。

だが手応えがいつもと違うことにすぐに気付く。

体にナイフが刺さろうが、腕を切り落とされようが、南区の男たちはぴくりとも反応しない。

サキの言う通り、まさしくゾンビのようだ。


「な、なんだこいつら!!本当に化け物なのか!?」


片腕を切られても平然とした男がナイフを力任せに振り上げて来る。

目を潰された男が笑いながら掴みかかって来る。


「う、あわぁあ!!なんだよこいつら!!」

「どうすれば…どうすれば倒れるんだよこんな奴!?」


聞くと見るとでは大違いだ。

東区の男たちは動揺に揺れた。

サキは舌打ちをすると後ろへ戻り男たちに喝を入れた。


「落ち着け!!首を落とすんだ!!」


前百人の動揺は、後ろ三百人の士気に影響する。

さすがに合戦中にこの人数を一瞬で立ち直らせることは難しい。


「…ユカン!!ロバン!!まだか!?」


二本のナイフを閃かせながらサキが応戦していると、目の前で旋風が起こった。

吹き飛んだのは薬漬けの男たちだ。

サキは目を見張ったが、その正体を見ると破顔した。


「グランディオン!!やっとやる気になったかお前!!」


グランは大きな刃物を閃かすと、たった一振りで敵の首を跳ね飛ばした。


「俺は怯むくらいなら来るなと言ったはずだぞお前ら」

「ボス!!」

「ボス!!」


グランは三人の首を続けて叩き落すと盛大に吠えた。


「気合を入れないか馬鹿者共が!!こんな所で犬死するつもりか!!!」


東区の男たちは揃って背筋を伸ばした。

彼らにとったら鬼より怖いボスである。

自らを奮い立たせるとなんとか冷静に敵に対峙し始めた。

サキはその大きな体で四百人の動揺を抑えたグランに声を上げた。


「ものぐさな奴だな!!そんなことが出来るんなら最初からお前が指揮を取れよ!!」


グランは十五人目の首を叩き落すと低く笑った。


「俺はいつでもこいつらの最後の砦だ。前に出る性質ではない」


確かに東区の男たちは、いつも後ろを気にせず前に集中している節がある。

おかげで物凄い成果を上げているが、サキはなるほどと納得した。


「グラン程存在感があるから出来るんだろうけどな」


襲い来る男を蹴り返すと、サキは負けじとナイフを閃かせた。


「グラン!!今しばらく耐えてくれ!!準備が整い次第一気にかたをつける!!」


言い残すとサキは一時前線を離れた。

立ち直った東区の男たちは粘り強くこの化け物集団に対峙していた。

だが数はほぼ互角。

一向に決着がつく見込みがない。


ロバンは手にした容器から液体を撒きながらひたすら走っていた。

反対側ではユカンが同じように走っている。戦地に円を描くように液体を撒き終えると、同じ場所に揃った二人はマッチ箱を取り出した。


「よし、あとはサキさんの合図でこいつを落とせば終いだ」

「しかしとんでもないことを思いつくよな…」


二人が蒔いたのは昨夜転がったバイクから掻き集めたありったけのガソリンだった。

ロバンはごくりと固唾を飲んだ。


そのままじっとサキの姿を探していると、突然後ろから真水をかけられた。

見るとユカンもびしょ濡れである。


「困るよ。そんなこと企まれたらデータがとれないじゃないか」


バケツを手にしたダニーは二人を睨みつけた。

「な、なんだよお前!!これじゃマッチが…!!」


ロバンが叫ぶと、ユカンもはっとして手元を見た。こちらの箱もずぶ濡れだ。


「この野郎!!!」


ロバンはダニーに掴みかかったが、その手が届く前に小さな袋を投げつけられた。

ロバンの顔に赤い粉が鮮やかに散る。

次の瞬間、ロバンは苦しみにのたうち始めた。


「うぐっ、ぐあぁ!!なんだこれは!?」

「ロバン!!?」


ユカンは急いでロバンを仰向けにして揺すったが、ロバンは頭と首を押さえたまま暴れに暴れた。

ダニーは薄く笑うとそのまま踵を返して離れていく。


「ロバン!!ロバン!!しっかりしろ!!」


顔についた赤い粉を払っても、ロバンはもがき苦しんでいる。

しばらく唸っていたかと思うと、突如動かなくなった。


「ロバン!!!」

「ユカン!?どうした!!」


サキは探していた二人の様子がおかしいことに気付き走り寄った。

ユカンはロバンを抱えたままサキを見上げた。


「サキさん!!ロバンが!!あの白衣を来た痩せた男に何かの赤い粉を吸わされたんだ!!」

「貸せっ!!」


サキはロバンの呼吸と脈を調べ、泡を吹く口を無理やり開いた。

「…大丈夫だ。えらく苦しんだみたいだが今は気を失ってるだけだ。赤い粉っつったな。まさか…」


ユカンは思い出したかのようにマッチ箱を指差した。


「サキさん!!あいつに火をやられた!!他に何かないか!?」


サキは考えるのを一度やめてマッチを確認した。


「…だめだな。使えん。…俺の銃で引火出来ないか?」

「じょ、冗談じゃない!!!そんな恐ろしいもの触りたくもない!!」


ユカンは青い顔で首を振る。


「それなら第二地域まで戻って火をとってくる!!」

「それじゃ間に合わない。俺がなんとか指揮を取りながら引火させるわ。ユカン、ロバンを第二地域の怪我人の収容所まで誰かに運ばせろ。こんな所で寝てたら一緒に火だるまになるぜ?」


言うだけ言うとサキは走り出していた。


「くそっ…M-Aはまだ戻らないか。あいつなら常時火をもってやがるのに」


安いマッチを愛用するサキとは違い、M-Aはどこで仕入れたのか古いジッポを愛用している。


サキは拳銃を取り出したが難しい顔をした。

ガソリンは意外と引火率が低い。

こんな拳銃一つで火が出るのかは賭けだった。

だが迷ってる時間はない。

この争いが長引けば長引く程いらぬ死者が出るのだ。


「東区部隊はそのまま後退!!!グラン!!ラインの外に皆を出すんだ!!ビーハン!!西区はそのまま敵を押せ!!奴らを一箇所に固めろ!!」


あちこちに伝令役を飛ばすと自身は中央区の者たちを先導した。


「お前らは左翼側から敵を追い詰めろ!!

その後俺の合図で一気に後退しろ!!」

「は、はい!!!」


じわじわとサキが思い描く陣形に整い始める。

これは敵に司令者がいず、まともに考えられない薬漬けの男達が相手だから出来るイレギュラーな陣形だった。

崩れそうになると随時そこへ走りフォローする。

二十分もかけた頃だろうか。

ついにサキは声を上げた。


「全隊さがれ!!!」


サキの一声は各隊長にまわり、サキ部隊は一気に四方へ散った。

ここがタイミングだった。

サキは拳銃を取り出すとガソリンに向けて発砲した。

だが火は上がらない。

もたもたしていたらせっかく寄せ集めた敵がまたバラバラになる。


「ちぃ!!やはり無理か!!」


銃弾の火薬を落としてそこに発砲してみるもやはり火の手は上がらなかった。


「ダメだ!!この手は使えないか!!!」


痛烈に舌打ちをすると、サキは切り替えて次の号令を上げようとした。


すると急に何処からか火の手が上がった。

それは次々と蒔いたガソリンに引火し、サキの思惑通り敵を取り囲んだ。


「火が…!?一体何処から!!?」


火が上がり始めた方を見るとちらりと三人の影が走り去るのが見えた。

そのうちの一人はやたら小さい。

まるで子どものようだ。

サキは一瞬固まった。

その背中が、ずっと探し求めていた面影に重なったからだ。


「…まさかっ…」

「うがあぁあーー!!!」


すぐ近くから男達の絶叫が響き渡った。

南区の男たちを見れば予想通り突然の火にパニックを起こしていた。


ただでさえ薬漬けで意識朦朧としていた集団だ。

そこに一瞬とはいえ大量の火を見せれば発狂することは分かっていた。

このタイミングを逃すことは出来ない。

サキは火の輪から躍り出ると更に声を上げた。


「この火はすぐに鎮火する!!敵は必要以上に混乱に陥っている!!今を逃すな!!俺について来い!!」


グランもサキに並び大喝を下した。


「ここで怯むのなら男を名乗る資格はないぞ!!続け野郎ども!!」


突然の火の手に動揺していた東区の男たちは我に返ると炎の中に次々と飛び込んだ。


「西区!!行くぞ!!」

「中央区も遅れを取るな!!」


炎に包まれた戦地は混戦状態に陥った。

だが先ほどまでゾンビのようだった男たちはすっかり炎に怯え、東区の者たちが来た頃には仲間同士で掴み合いの殺し合いを始めていた。

決着がつくのに、それから時間は殆どかからなかった。


火は出だしは大きく舞い上がったが、すぐにガソリンを燃やし尽くすと下火になっていた。


サキは薬漬けの男達を全て縛り上げると長く続く階段を見上げた。

同じく階段を見上げたグランが口を開いた。


「これであの中は殆どもぬけのからだ。…攻め込むか?」


サキは後ろを振り返った。


「こちらの手勢は?」

「…まぁ半数くらいはまだ元気だ。怪我してでも動ける奴を合わせれば、もう少しいくだろう。勝てぬ数ではない」


サキは腕を組むと階段をしばらく睨み続けていた。


「…静かすぎる」

「…」


一つ息を吐くと首を振った。


「今日はここまでにする。考えたいこともあるしな。それからこいつらを何処かへ押し込めておこう。薬が切れたらまた発狂するだろうからな」


サキは第二地域まで全体を移動させた。

指示を出し終えると一人最後に後ろを振り返る。

サキの瞳には、炎が上がった時の走り去る小さな背中が焼き付いていた。


「…。コー?」


小さく呼びかけてみたが応えるのは吹き抜ける風しかない。

サキは瞳に憂いを浮かべると踵を返して歩き出した。

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