緊張感とリラックス
翌日は明るくなると同時に、サキは皆を叩き起こしていた。
「ここは敵の陣地内だ。だらだらと気を抜いているといつ奇襲がくるか分からないぜ」
疲れの激しい西区、中央区の者たちはそのままに、東区四百人は早々に出陣準備に取りかかった。
「サキさん、帰ってきたのついさっきだってのに元気だな…」
夜中に付き合わされた一人が眠い目を瞬きながらサキを見る。
「あぁ、ほんっとタフだなあの人…」
だらだらと乾パンと干し肉をかじっていると、そのサキが真っ直ぐこっちに歩いてきた。
「よぅ、眠いのは分かるが頑張ってくれよな。ほら、昨日の礼。あいつらにも渡しといてくれ」
サキは男にドライフルーツの袋を手渡すとさっさと戻って行った。
「…だってさ。ほらよ」
男はドライフルーツを一つつまむと隣の男に袋を手渡した。
「俺…サキさんのこういうところ、なんか好きだ…」
甘い味を噛み締めながら言うと、隣の男も頷いた。
「そうだな。しかし相変わらず、なんというか視野が広い人だな」
食事を終えると、男たちは気合いを入れた。
「今日は俺たちの出番だ!!いっちょ行くか!!」
「おぅっ!!負けてらんねーぜ!!」
東区に気合いが入ったのを確認すると、サキはどっしりと岩に座るグランの隣に立った。
「お前らのボスがグランディオンなのは重々承知だ。だがグランは皆も知っての通り中々動かぬハズカシガリやさんだ!!今回の戦中だけは俺の号令に従ってもらうぜ!!」
東区の男たちは顎が落ちそうになった。
よりによってグラン本人の隣でなんという恐ろしいことを!!
恐る恐るグランを見たが、男たちはすぐに視線を逸らした。
睨んでる。睨んでる睨んでる。
サキは変な緊迫感を作り出したことを歯牙にもかけずににやりと笑った。
「俺が手を焼いていたらグランの指示に従ってくれ。それくらいならグランもその重いケツを上げてくれるだろ」
まだ言うかーーー!!と叫び出したい口を必死で塞ぐ男たちは、ゆらりと立ち上がったグランに息を飲んだ。
正直、死んだと誰もが思った。
サキはグランを見上げると繰り出された拳をするりと避けた。
「今日の相手は半端な覚悟じゃ対峙出来ないぜ。お前らこんなことくらいで青くなってちゃ勤まらない、ぞっと」
下から突き上げる岩のような拳に両手を付くと、サキはその勢いを利用して空中で猫のように一回転して着地した。
「相変わらずおっかねーな。せっかく立ったんだからこいつらにお前も何か言ってやれよ」
グランは東区の者たちをその小さい目で見渡すと珍しく口を開いた。
「敵が何であれ、怯むな。怯むくらいならここで昼寝でもしてろ」
言い捨てると背中を向けて建物の中へ入って行った。
男たちは揃って息を吐くとサキにブーイングの嵐を送った。
「ほんっと、やめてくださいよサキさん!!」
「寿命が縮んだぞ俺はぁ!!」
「ボスを怒らせないでください!!明日からの俺たちの生活に響きますから!!」
サキは豪快に笑うと腕を組んだ。
「なんだお前ら。そんなびびんなよ!!グランは化け物じゃないんだぜ?」
「サキさん!!」
再び慌てる男たちを見据えると、サキは急に真顔になった。
「本当の化け物はこの先にいる。お前たちが相手するのは、たぶんもう人間とは言えない者たちだ」
男たちは息を飲んだ。
「次に出てくる奴らは高確率で赤い粉の薬に身体中侵されている。痛みを感じず、攻撃的で死ぬまで襲いかかってくる。敵が現れたら微塵も容赦するな。いいな」
騒いでいた男たちがしんと静まり返る。
散々脅した後で、サキはいたずらっぽく笑うと手を腰に当てた。
「心配するなよ。それでもお前たちのボスよりかは怖くないさ」
「さ、サキさん!!だめですってば!!」
適度な緊張感と固くなりすぎないリラックス感を絶妙に混ぜると、サキは第三地域へ続く道を振り返った。
「さぁ、行くぞ!!次のステージだ!!」
気合いを入れ直すと男たちと共に大きく吠えたてた。